【連載】しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座(第10回[最終回])

第10回 破壊的新規事業の起こし方③ 〜「破壊的新規事業(新しい酒)」は「独立した組織(新しい革袋)」に!〜

 前回は、「ローエンド型の破壊的新規事業」を起こすには、どのようにすればよいかについて学びました(前回 第9回へのリンク)。
 最終回の今回は、破壊的新規事業を実施するには、どのような組織がふさわしいかについて学びましょう。

1.企業の「寿命」が三分の一に!

 以前、ハーバード大学の授業を受けていたとき、ある先生から「企業の寿命は皆さんの寿命より短いのだから、皆さんはそれぞれのキャリアプランをしっかり考える必要がある」と言われました。たしかに、アメリカのS&P500という、時価総額の大きい主要500社に含まれる企業が、平均何年そこに留まっていられたかを調べた研究[1]によれば、1950年代には平均60年以上でしたが、今日では20年を下回っていると推定されています。下図(図1)参照。

 つまり、1950年代でしたら一社の優良企業に入社すれば、かなりの確率で定年まで無事勤め上げることが出来たけれども、2020年代に入社したとすれば、企業のビジネスモデルの寿命が短くなっているため、20年もすればその企業は業績に陰りが見え始め、20代で就職して80まで60年間働くとすると、良い収入を得続けるためには転職を3回は繰り返す必要があるということがわかります。

図1:S&P500に平均何年に留まっていられたか


[1] Kristóf, Péter, “How established companies can master disruptive innovation like startups? Achieving innovation excellence and disruptive ability”, PhD dissertation, Corvinus University of Budapest (2016).

2.サクセス(コンピテンシー)・トラップとは?

 企業活動には「知の探索(exploration)」と「知の深化 (exploitation、活用とも言う)」が高い次元でバランス良く取れていることが必要とされています。(出典:『両利きの経営』チャールズ・A. オライリー, マイケル・L. タッシュマン、東洋経済新報社)

 上記の書籍によれば、「知の探索」とは、自社の既存の認知の範囲を超えて遠くに認知を広げていく行為です。これにより認知の範囲が広がり、新しいアイデアにつながる一方、不確実性が高くコストがかかります。それに対し、「知の深化」とは、探索などを通じて試したことの中から、成功しそうなものを見極めてそれを深掘りし、磨き込んでいく活動のことです。

 そして、放って置くと、企業活動は、コストとリスクを伴い成果が不確実な「探索」よりも、社会的な信頼を確保出来る「深化」に向かいやすいことが知られています。なぜなら、自分たちの認識の外に出ようと試みる「探索」、は「自分たちが考えていること、やっていることが間違っているかもしれない」と疑いを持つことに他ならないからです。ひとたび成功して「自分たちのやっている事は正しい」と認識すると、自分の認知している世界に疑念を持たなくなり、そこから抜け出せなくなるのです。

 これを「サクセス・トラップ」(=成功の罠)とか、「コンピテンシー・トラップ」(=能力の罠)などと呼びます。

3.「二刀流(両利き)の経営」の必要性

 このように、企業を取り巻く環境の変化が激しくなり、ビジネスモデルの陳腐化が早くなってくると、企業は既存事業の陳腐化の速度よりも速く新しい事業を立ち上げ続けなければ、生き残っていくことすら出来ません。だからこそ、最近、「知の探索」と「知の深化」が高い次元でバランス良く取れている二刀流(両利き)の経営(ambidexterity)の重要性が、広く認識されるようになってきているのです。

 そして、二刀流の経営に必要な要素として、上記書籍では、
・「探索」と「深化」が必要であることを正当化する明確な戦略的意図
・新しい事業の育成と資金供給に経営陣が関与し、監督し、その芽を摘もうとする人々から保護すること
・新しい事業が無事に組織構造面で調整を図れるように、深化型事業から十分な距離を置くとともに、企業内の成熟部門が持つ重要な資産や組織能力を活用するのに必要な組織的インターフェイスを注意深く設定すること
などが挙げられています。

4.新規事業を実施するのにふさわしい組織形態とは?

 ある新規事業が「自社」と「他社」それぞれにとって「持続的」か「破壊的」かを場合分けして、新規事業を実施するには、それぞれどのような組織がふさわしいかを学んで講座を終えたいと思います。


 「新規事業を考える際、最優先で検討したいのが、自社にとっては持続的であるが、他社にとっては破壊的であるような製品・サービス(左上)です。」 例えば、家庭用インクジェットプリンターをメインに製造してきたエプソンが、インクジェット技術を高めることで、より高性能が求められるビジネス複合機の市場を狙おうとすると、それはエプソン(自社)にとっては持続的なイノベーションです。一方で、これまでビジネス市場で主流だったレーザー複合機を製造販売してきた富士フイルムビジネスイノベーションやリコーからすると、インクジェット複合機は製造コストや印刷コストが安く、トナーやメインテナンスで儲けを出しにくい破壊的な製品であるため、対抗策を打ちにくい破壊的な製品となります。新規事業を考えるならこの「自社にとっては持続的だが他社にとっては破壊的」なものを真っ先に考えるべきでしょう。

 次に事業を検討すべきなのは、自社に取っても他社に取っても共に破壊的である製品・サービスです。このケースは、自社の既存事業とは独立した別組織で行うべきです。大型コンピュータ事業がミニコンに負けたIBMが、大型コンピュータやミニコンピュータを手がける本社から離れた組織でPCを創り、本社に遠慮せず自由に事業活動を行うことができたことで、他社(や自社の)ミニコン事業を破壊した例がそれに当たります。ソニーがゲーム機に進出した場合や、ホンダがビジネスジェット機を手がけたケースもこれに当てはまります。

 自社が他社より技術的に強く、企業規模も大きい場合にだけ検討しても良いのが、自社にとっても他社にとっても持続的なビジネスです。価格が1000万円を超える高性能電気自動車市場は、当初テスラが先行していたましたが、近年ではベンツやアウディ、ジャガーなどの大手自動車メーカーやBYDなどが相次いで参入して激戦となっています。こうした状況では、より経営資源が多い企業が勝つ可能性が高いため、自社が他社よりも多くの技術や製造設備、販売網や広告宣伝費に経営資源を継続して投入できるのであれば、検討の余地があります。

 一方、最も避けるべきなのは、他社にとって持続的だが、自社にとっては破壊的というパターンです。例えば、大手エアラインにローコストキャリアが攻めてきたような状況です。この場合は、コスト的に立ち打ち出来ないため、基本戦略としては逃げるべきですが、LCCを独立組織として設立したり、相手のLCCを買収して独立性を保ったままで運営するという手も考えられます。

 ちなみに、「二刀流(両利き)の経営」の英語である”ambidexterity”とは、”ambi-“=「両方が」、”dexter”=「右利きの」という語源からなる言葉で、語源からすると「両方右利きの=両利きの」という日本語がいちばん当てはまりが良いのかもしれませんが、経営学で使われている文脈を踏まえてあえて意訳するのであれば、「探索」と「深化」という二つの異なった経営活動を、両方とも上手くやるということですから、「ピッチャー」と「バッター」というかなり異なった野球の役割を高い水準で器用にこなしている大谷翔平選手や、「太刀」と「小太刀」という異なった武器を攻守にわたって使いこなした宮本武蔵のイメージの方がぴったりくるので、私個人としては「二刀流の経営」と訳したいところです。

 いかがでしたでしょうか? 10回にわたって破壊的新規事業の起こし方を学んできました。もっと学びたい!というかたは、ビジネススクールの教室でお目にかかりましょう!!

参考文献
玉田俊平太、日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ、翔泳社、2020年

筆者紹介 玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)

関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科長・教授
博士(学術)(東京大学)
筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください

しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座 これまでのコラム一覧

 第1回 「イノベーションは「新結合」でも「技術革新」でもありません!」
 第2回 『「競争力」は何種類?』
 第3回 「イノベーションを通じたコスト競争力の向上とイノベーションのスピードの重要性」
 第4回 「せっかく生み出したイノベーションから利益を得るには?」
 第5回   暗黙知とアフターサービスで利益を守 る ~せっかく生み出したイノベーションから利益を得るには?(その2)~ 」
 第6回 「ベンチャー企業や中小企業が目指すべき破壊的イノベーションとは?」
 第7回 「なぜ大企業は破壊的イノベーションに勝てないのか?」
 第8回 「自社が『破壊される側』から『破壊する側』になるには?」
 第9回 破壊的新規事業の起こし方② 〜「お腹パンパン」な顧客を探せ!~