【連載】しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座(第7回)

第7回 なぜ大企業は破壊的イノベーションに勝てないのか?

 前回は、­ベンチャー企業や中小企業が目指すべき破壊的イノベーションとはどのようなものかについて学びました(前回第6回へのリンク)。今回は、なぜ合理的に経営されているはずの大企業が、破壊的イノベーションには対応できずに破壊されてしまうかについて学びましょう。

1. 大企業は「正しい経営」を行うが故に破壊される

 破壊的イノベーションとは、既存大企業から見ると、自社の大事な顧客が重視する性能が、少なくとも一時的に低下するタイプのイノベーションでした。このため、破壊的イノベーションの製品やサービスは、既存大企業の顧客にとっては求める性能が不足しているので、「そんなオモチャは私には必要ない」と言われてしまいます。

 大企業には、合理的な意思決定プロセスが整備されています。そのプロセスは、最も重要な顧客の声に注意深く耳を傾け、その声に応えるために出されたアイデアの中から、一番、顧客の要望を満足させるものを選び出します。そして、経営資源を優先的に投入して、いち早く製品化します。

 この経営メカニズムにより、大企業は利潤を最大化することができるのです。そのため、より顧客満足を得られる性能向上のプロジェクト(持続的イノベーション)には、すぐにゴーサインが出され、十分な経営資源が投入されます。だから、大企業は持続的イノベーションの競争で負けることはまずありません。

 しかし同時に、この合理的経営メカニズムがあるが故に、既存顧客が「そんなオモチャは要らない」と言って欲しがらず、「誰に・いくらで・どの程度売れるか」が不確かだったり、低い利益率しか見込まれない破壊的イノベーションのアイデアは排除され、より短期間で確実な利益が見込まれる持続的イノベーションのプロジェクトへと経営資源が振り向けられてしまうのです。

 他社の破壊的イノベーションから生まれた製品の性能が徐々に向上し、自社の主要顧客が求める性能に達したのに気付いて、大急ぎでそこに参入しようとしても、既に他社に市場を押さえられて手遅れ。大企業は、新たに登場した破壊的イノベーター企業に市場を奪われ、打ち負かされてしまうことがほとんどなのです。

2. イノベーターのジレンマの原因は「非対称的なモチベーション」

 株式を上場している企業では、多くの場合、ROI(Return On Investment:投資収益率)などの経営目標を株主に対して示しています。企業経営者は、この投資家に対する約束を守る立場にあります。従って、低い利益率しか見込まれない破壊的なアイデアに経営資源を割り当てることは株主との約束を破ることになるため、極めて困難です。つまり、企業が株主に対する約束を誠実に守ろうとすればするほど、利益率の高い上位市場には移行できる一方、利益率の低い下位市場を攻略することは困難になるのです。

 この「利益率の高い上位市場には上がれるが、利益率の低い下位市場には下がれない」という状況は、「企業のモチベーションが非対称である」からだといえます(図1)。アングロサクソン型の経営では、経営者は株主に雇われており、投資された資金に対するリターンを最大化するのが第一の使命です。そして、それができない経営者は、あっという間に解雇されてしまいます。

敗因は大企業の非対称的なモチベーション

図1:敗因は大企業の非対称的なモチベーション(参考:クリステンセン著・玉田俊平太監修・
櫻井祐子訳、イノベーションへの解、翔泳社、P.45)を基に筆者加筆

 このような状況で、下位市場からコストパフォーマンスのよい破壊的な製品が攻めてきた場合、合理的な経営者は不採算部門から撤退し、より利益率の高い上位市場へと移行するでしょう。そして、技術が進歩して、当初はオモチャのようだった製品の性能が向上し、さらに上の市場に攻めて来た場合、その市場も既存大企業にとっては不採算となるため、さらに上位市場へと移行するのが合理的経営です。

 こうして、既存大企業は、合理的な経営判断を繰り返しただけなのに、気付いたときには最上位市場に追い込まれ、行き場を失って破壊されてしまうという現象が起きるのです。これが「イノベーターのジレンマ」です。

3. 顧客の需要の上昇速度と技術進歩の速度の差が「破壊」を生む

 既存製品やサービスが、最初はオモチャのようだった破壊的イノベーションに市場を奪われてしまう原因には、前章で取り上げたように、上場企業は「非対称的モチベーション」を持つことに加え、顧客の技術の需要には限りがあることも関係します。
 これは「高性能=高付加価値」と信じて疑わないエンジニアにとっては、非常に受け容れがたい事実でしょう。

 しかし、私が講演会場で来場者に
「皆さんは来月、車を買い換えることになったとします。候補は以下の2車種です。
車A:最高時速が400km/hで、価格が400万円
車B:最高時速が200km/hで、価格が200万円
皆さんは、どちらの車を選びますか?」
と質問すると、ほとんどの来場者が、「性能が低い」最高時速が200km/hで価格が200万円の車Bを選びます。
 また、4Kテレビの4倍高画質な8Kテレビですが、その高性能なテレビを自宅に購入している人は少ないと思います。

 これらのことから、顧客が利用可能な性能には、ユーザーの能力・インフラの状況・法制度などの制約から限りがあることが多く、それ以上の性能はいわば「要らない性能」となり、市場が小さくなってしまうことが分かります(図2)。そして、当初はオモチャのようだった破壊的イノベーションの製品・サービスが、徐々に性能が向上していくに従って、ローエンドの顧客にとっては十分な性能となります。
 さらに、破壊的イノベーションの性能が主要顧客の要求水準に達すると、コストパフォーマンスの良さや操作の簡便性、ポータビリティなどの優れた点をアピールすることで、顧客がこれまでの持続的イノベーションの製品から、破壊的イノベーションの製品へと移行し、大企業(持続的イノベーター)は破壊されてしまうのです。

顧客の要求水準と技術の供給水準との差が破壊を生む

図2:顧客の要求水準と技術の供給水準との差が「破壊」を生む

 いかがでしたか?今回は、大企業がなぜ破壊的イノベーションに対応できずに破壊されてしまうかについて解説しました。次回は、いよいよ、「破壊的新規事業を起こすにはどうすればよいか」についてお話しします。お楽しみに!

参考文献
玉田俊平太、日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ、翔泳社、2020年

筆者紹介 玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)

関西学院大学専門職大学院 経営戦略研究科長・教授
博士(学術)(東京大学)
筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください