【連載】中小製造業の“今”を変える – 経営と現場のデジタル改革(第10回)

 日本の製造業、とりわけ中小企業では、労働力不足と生産性の低迷が喫緊の課題となっています。筆者はIPA在籍時に「中小規模製造業のDX推進」に携わり、現在は機械システム振興協会の委員として、各地の中小製造業のデジタル化・DXの実態を見聞きしています。

 今回第10回は、本年度の最終回となり、中小製造業のDXを支える「地域と人の力」をテーマに解説します。
(※本コラムでは「デジタル化」は業務の実行・記録をデジタルで行うこと、「DX化」はそれに基づきビジネスモデルを変革することを指します。)

 本連載の筆者は、片岡 晃 デジタル・クロッシング・ラボ 代表です。

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(本コンテンツの著作権は、片岡 晃 様に帰属いたします。)

中小製造業のDXを支える「地域と人の力」

 中小製造業のデジタル化やDXを語るとき、多くの場合、ITやデータ活用といった技術の話に焦点が当たります。しかし実際には、それだけでは十分とは言えません。企業の変化を支えているのは、地域に根ざした人のつながりや企業同士の関係です。地域の文化や風土という視点から、中小製造業のデジタル化・DXの可能性を考えてみたいと思います。

中小製造業と地域

<図 1 中小製造業の目指す姿の類型>

中小企業は、大企業のサプライチェーンを支える企業だけでなく、地域資源を活用する企業や地域生活を支える企業など、多様な役割を担っている。
多くの企業は地域の人材や企業との関係の中で活動している。
(出典:2020年度版「中小企業白書」より筆者作成、「その他」を含むため、合計は100%にならない)

 図 1 に示すように、中小製造業の目指す姿にはいくつかのタイプがあります。これらの類型のうち、グローバル型やサプライチェーン型は、完成品メーカーやその主要サプライヤーとして国際市場で活動する企業が中心です。一方、地域資源型や生活インフラ関連型の企業は、地域との結びつきの中で事業を展開しています。

 中小製造業の多くは、サプライチェーン型と生活インフラ関連型に分類され、全体の約60%を占めています。これらの企業は、地域に立地し、地域の企業や人材との関係の中で事業を営んでいます。そのため、多くの企業が地域の経済やコミュニティと密接に関わりながら成り立っています。

 東大阪のある企業の社長は、「会社の中のスペースは限られるので、お客さんが来ると近くの喫茶店で話をする。そうすると、近くの企業の社長さんも来ていて自然といろんな相談ができる」と話していました。

 地域における人と人との近い関係が、思いがけない出会いや協力関係を生み出します。リモートワークが広がった現在でも、地域のつながりは中小企業の活動を支える重要な基盤となっています。

デジタル化・DX化と地域

 以前のコラムでも触れたように、企業の競争力を単純に規模で測る時代は終わりつつあります。今後は、変化への対応力や意思決定の速さといった「柔軟性」が重要な強みとなっていくでしょう。
 中小企業は、経営トップの意思が現場に迅速に反映されやすく、実行力にも優れています。この特性を活かせば、デジタル化やDXをテコに、大企業にはない柔軟な経営で競争力を高めることができます。それは同時に、社員一人ひとりの力を引き出し、企業全体の労働生産性の向上にもつながります。

 こうした取り組みは、企業単独だけでなく地域という単位でも進みつつあります。例えば、新潟県燕市や愛知県尾州地域などでは、複数企業が連携しながらデジタル化を進める事例が見られます。

 これらの事例から見えてくるのは、次の点です。
まず、地域の実情に応じたデジタル化は、人材育成や人材活用を軸に進めることで、企業間の共通認識を形成しやすくなります。その結果、共通基盤の整備など、個社だけでは難しい取り組みも進めやすくなります。

 また、地域におけるデジタル化は、従来の取引関係中心のつながりとは異なる、新しい地域企業の関係が生まれる可能性があります。デジタル化・DXを通じて、競合企業との協力や地域ブランドの強化など、地域全体での新しい価値創出へと発展していく可能性があります。

<図 2 デジタル化による企業関係の変化>

従来の企業関係は取引を中心としたサプライチェーン型が主流であった一方、デジタル化の進展により、企業間の情報共有や共同開発、人材交流などが広がり、地域企業の関係は、ネットワーク型へと広がりつつある。

デジタル化の前に人のつながり

 5年後、10年後に自社をどのような企業にしていくのか。中小製造業の未来像を考えるうえで、地域との関わりは欠かせません。多くの中小製造業は、地域の企業、人材、生活と密接に結びついた環境の中で発展してきました。

 このような地域の企業や人の関係性は、いわば産業の「エコシステム」とも言えるものです。しかし近年は、大都市への人口集中や地域人口の減少などにより、その維持が難しくなりつつあります。
 それでも、新たな産業をゼロから生み出すことは簡単ではありません。人と企業の信頼関係を含めた地域のエコシステムは、長い時間をかけて育まれてきたものだからです。

 例えば、新潟県燕市の株式会社つばめいとでは、ビジネスマッチングサイトの運営やシェアオフィスの整備、商店街の再開発など、多角的な取り組みを進めています。人と企業のつながりを深め、「ヒトを呼び込み、新たな価値を生むまち」の仕組みづくりを進めています。

<図 3 地域の人と企業をつなぐエコシステム(株式会社つばめいとの取り組み)>

新潟県燕市の「株式会社つばめいと」は、ビジネスマッチングサイトの運営やシェアオフィスの整備、商店街の再開発などを通じて、人と企業のつながりを生み出す取り組みを進めている。
地域内外の人材や企業を結びつけることで、新たな価値創出と地域産業の活性化を目指している。

 地域内部の活性化と、外部からの人材の呼び込みは相互に循環する関係にあります。地域内のコミュニケーションが活発になり人材が育てば、外部との協働も進み、その経験が次の人材育成や地域外の人材とのつながりの拡大へと発展していきます。

 このような循環が生まれることで、中小製造業を支える地域の文化が保たれ、育っていきます。デジタル化やDXも、こうした人のつながりの上に成り立つものです。

 地域の中で「自ら考え、工夫し、互いに共有する」動きが広がることが、企業文化の変化を促し、デジタル化・DXを持続的なものにしていきます。

 地域における学びと交流の好循環をつくること。それこそが、中小製造業のデジタル化・DXを支えるもう一つの基盤と言えるのではないでしょうか。
 こうした取り組みを広げていくためには、個々の企業の努力だけでなく、行政や業界団体などが橋渡し役となり、企業同士の連携や人材育成を支える環境づくりを進めていくことが不可欠です。

これまでのコラム

第1回 中小製造業の生産性改革 – デジタル化が切り拓く未来
第2回 視察と調査で読み解く 中小製造業のデジタル化とDXの現状
第3回 中小製造業がデジタル化・DX化で得られる現実的な成果
第4回 つながる中小企業:デジタルで実現する共創と価値創造
第5回 企業文化を変えて、デジタル化・DX化を成功に導く:中小製造業における経営者の役割と現場の力
第6回 デジタル化・DX 化において求められる人材とスキル、育成と確保
第7回 デジタル化に取り組み始めた中小製造業が進むべき道 – 「個別最適※」から「全体最適」への次のステップ
第8回 製造業の競争力を支えるセキュリティ
第9回 製造業におけるデータの価値と“知”の資産化

筆者紹介 片岡 晃(かたおか あきら)氏

片岡 晃 デジタル・クロッシング・ラボ 代表
筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください。