2026年1月
一般財団法人 機械システム振興協会
目次
はじめに
第1章 本フォーラムについて
1-1. 趣旨
1-2. フォーラム委員
第2章 ものづくり教育の現状と対応策の方向
2-1. 子供たちを取り巻く現状
2-2. 諸外国の事例
2-3 対応策の方向 ~ 我が国はいかに対応していくべきか ~
第3章 目指す事業のイメージ
3-1. 目指す事業の目的・コンセプト
3-2. 移動町工場プロジェクトの対象者
第4章 移動町工場プロジェクトにおける体験プログラムの内容
4-1. 使用する設備
4-2. 学習形式
4-3. トラック
第5章 今後検討すべき課題
5-1. 必要な人材
5-2. 事業収支の見込み
5-3. 事業の推進体制、事業実施主体
5-4. 安全対策、リスク対策、法制度・規制関係
5-5. 関係者間の合意形成方法
5-6. その他のプログラムの検討
第6章 今後のアクションプランと中⾧期展望
6-1. パイロット事業
6-2. 東大阪から世界へ
第7章 最後に
はじめに
本報告書は、「移動町工場プロジェクト」に関するフォーラムでの議論を整理し、当該プロジェクトの趣旨、検討経過、主要な論点をまとめたものである。
このプロジェクトをスタートする背景として、現代の学校教育では、児童・生徒が手を動かして試作・改善を繰り返す「身体性を伴うものづくり体験」が減少していることがある。授業時間の制約に加え、教材・設備・専門人材の不足により、従来の技術科・工作の学習機会が縮小していることが、教員・保護者双方から指摘されている。また、文部科学省が令和 7 年 9 月 30 日に公表した「令和7年度全国学力・学習状況調査の結果」では、「理科の勉強が好き」と答えた小学生は 80.1%に上ったが、中学生では 63.9%にとどまり、他の教科に比べてその差が大きいとの結果が出ている。これは実験や工作を行う授業が少なくなっていることが要因ではないかとの指摘がなされている。フォーラムの議論では、子供たちの創造力やチャレンジ精神などの低下が顕著であることが共有された。
【本フォーラムの議論から出された課題】
・学校教育におけるものづくり体験機会の減少
・子供たちの創造力や粘り強さ、チャレンジ精神などの低下
・発案→設計→造形→評価→改善 のプロセスや改善サイクルを学ぶ実践的学習機会の提供
・諸外国の事例に対してものづくり教育の環境整備の遅れ
・ものづくり教育を行う専門人材の不足
諸外国の現状を見ると、小中高における 3D プリンタ等のデジタル工作機器を活用したカリキュラムが体系化されており、2013 年に英国教育省(Department for Education: DfE)が実施した 21 校への 3D プリンタ導入パイロット事業では、デザイン教育・STEAM(Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学))教育の学習効果の向上が報告されている。また米国の研究では、3D プリントカリキュラムが初等教育段階における抽象的概念の理解に寄与し、STEAM への興味を高めることが示されている。こうした我が国や諸外国の現状を見ると、今や日本におけるものづくり教育の環境整備が喫緊の課題となっている。
これに対し、我が国の教育現場においては、ものづくり教育を実施しようとしても、授業時間の制約や各種工作機器の未整備、人材の不足に加え、安全対策を検討することなど、まず様々な課題を解決していかなければならない。
これらの現状認識を踏まえ、本プロジェクトは「ものづくりに必要な設備を学校や地域へ持ち込む」ことを中核的なコンセプトとし、デジタル工作機器等を搭載した移動式トラック(移動町工場)により、地域の学校現場へ実践的な体験学習機会を提供することによって、モノづくりを通じて生徒・学生の自由な発想、課題を解決していく自主的な考え方・探求心、そして失敗を恐れず挑戦する姿勢を育むことを目的とすることとした。
本フォーラムでは、学識経験者、学校関係者、製造業や機器サプライヤー、地域行政・教育委員会等の関係者が参加し、教育上の価値定義、対象学齢層およびコース設計、具体的な機材・運搬・安全対策、事業性評価(初期費用・維持費・収支モデル)、推進体制、合意形成手法など、多面的な観点からプロジェクトの方向性に関する検討を行った。
以降の各章ではフォーラムでの主な議論を整理し、現時点での合意点と検討課題を明示するが、卓上型 3D プリンタ等の小型工作機器をトラックに搭載して教育現場に持ち込み、専門のインストラクターによる体験学習を行うモデル、その学習形式のあり方、トラック運用の注意点などをまとめることができた。
第1章 本フォーラムについて
1-1. 趣旨
本フォーラムの主たる趣旨は、子どもたちが「ものづくりの面白さ」を直接体感することができる教育機会を創出することである。単なる工作体験にとどまらず、「発案→設計→造形→評価→改善」という一連のプロセスを経験し、思考力、創造力、問題解決力、協働力を育成することを目標とする。特に、素材が作業の時間経過とともに形を変え、手触りや動作で変化を確認できる「過程」の体感を重視する点が本プロジェクトの教育的特徴である。製品の完成品そのものよりも、試作と改良のサイクルにより学びが深化する点を重視する。
現場体験を有するフォーラム委員からは、「えてして完成させることが目的になりがちだが、本当に学びが起こるのは『うまくいかなかった瞬間』と『そこからどう工夫するかを考える時間』だ」という意見が出された。つまり重要なのは結果よりも「考える過程」であり、本プロジェクトはその教育的価値を最大限に引き出すために設計されなければならない。
また、ものづくり活動は子どもたちの成⾧において、単に技術を身につけるだけの体験ではなく、失敗を恐れずに挑戦する姿勢、仲間と協力しながら試行錯誤する姿勢、主体的に判断して動く姿勢を育てる能力の土台作りに直結する。委員会でも、「今の教育現場で最も不足しているのは『決まりきった答えがない状況で手と頭を動かす経験』である」という共通認識が確認された。
上記の考え方の背景は、以下のとおりである。まず、学校教育の現場での工作や実習の機会が縮小している。これに伴い児童・生徒の想像力やチャレンジ精神の醸成機会が減少しているとの指摘が複数の委員から示された。次に、海外における教育用デジタル工作の普及とカリキュラム整備の進展である。諸外国では教育向けに CAD ツールや 3D プリンタを使った体系化された教材が整備されており、段階的学習が実施されている。この違いは、我が国における早急な実践的対応の必要性を示している。
本プロジェクトでは、上記の課題に対応するため、工作設備を学校や地域に持ち込み、現場で体験機会を提供することを目的とする。移動手段としてトラックに卓上型 3D プリンタ、小型の旋盤、レーザー加工機、各種手工具を搭載し、外部の専門家がインストラクターとして指導する。教師は指導の主体というよりも、生徒と共に学ぶ立場で外部専門家からの指導を受ける形式を基本とする。
学年や技能に応じて初級・中級・上級のコースを設け、学習の連続性と到達目標を明確にする。単なる製作ではなく学校や地域の実課題(例:ロッカー整理具、地域防災用品、再生素材を用いた小物など)をテーマに据えることで、社会との接続を意識させる。小グループによる協働学習として、1 グループあたり3~5 名前後の編成が指導・安全・達成感の観点から有効であると示唆された。安全面では、機材操作に関する事前学習(動画・マニュアル)と現場での外部専門家による安全指導を組み合わせ、学校側・保護者側の信頼を構築する。
機材および材料について、当面は手軽で安全性の高い卓上型の FDM 方式(Fused Deposition Modeling:熱溶解積層方式)3D プリンタを軸に据え、レーザー加工機や小型切削機、バンドソー等の機器を併用する方針が妥当である。素材については PLA(Polylactic Acid:ポリ乳酸)等の扱いやすい樹脂を基本とし、段階的に再生素材やペットボトル由来フィラメント(熱可塑性樹脂の細⾧い線状素材)の導入を検討することで、循環型ものづくり教育と環境意識育成を組み合わせることが可能である。
本フォーラムの議論は、教育的価値(創造性・思考力の育成)、実務性(機材・安全・運営)、事業性(継続可能な体制)、社会性(地域産業との接続)という 4 つの視点から多角的に行われた。これらの視点を統合し、子どもたちにとって意味のある体験を、安全かつ持続可能な形で届けることが本プロジェクトの最大の目的である。
1-2. フォーラム委員
| 委員長 | 所属 | 役職 |
| 大場 善次郎 | 国立大学法人東京大学 地域 CPS 研究塾 | 名誉教授 |
| 委員 | ||
| 芦田 じゅん | 東大阪市立日新高等学校 | 校⾧ |
| 池田 ケイン | 株式会社 ZEN Global | 代表 |
| 岩水 建二 | 株式会社豊里金属工業 | 代表取締役 |
| 上野 亮 | 一般社団法人大阪発明協会 | 専務理事 |
| 白石 政良 | 武藤工業株式会社 | 執行役員 |
| 辻尾 博史 | 東大阪市役所 都市魅力産業スポーツ部 モノづくり支援室 | 室⾧ |
| 戸屋 加代 | 株式会社 MACHICOCO | 代表取締役 |
| 中渕 一博 | 東大阪市教育委員会 | みらい教育室⾧ |
| 西田 幸史 | 東大阪市教育委員会 | 教育政策室⾧ |
| 西野 要 | 東大阪市教育委員会 | 学校教育推進室⾧ |
| 藤田 大悟 | 株式会社リバネス エリア開発事業本部 | 部⾧ |
| 間野 隆久 | 株式会社アスペクト 購買部 | 部⾧ |
| 山田 宗範 | 一般財団法人機械システム振興協会 | 専務理事 |
| 事務局 | ||
| 相澤 徹 | 一般財団法人機械システム振興協会 | 顧問 |
| 杉浦 秀明 | 一般財団法人機械システム振興協会 | 理事 |
| 井上 さゆき | 一般財団法人機械システム振興協会 | |
| 徳力 空海 | 一般財団法人機械システム振興協会 | |
| 柴田 紗央里 | 一般財団法人機械システム振興協会 | |
| 戸屋 友夏 | 株式会社 MACHICOCO |
本フォーラムの委員は、学識経験者、初等中等教育に携わる教員・教育行政関係者、機材供給や製造業の実務者、地域産業支援組織、事業運営に関わる民間事業者等が参加する横断的な構成である。フォーラムでは多様な視点を集約することで、教育的価値の確認、運用上の実務課題の洗い出し、安全・法令面の点検、機材・予算の現実的評価、合意形成手法など総合的な議論を行った。
運営上の留意点として、学校現場側からは授業時間の制約、参加者の選定方法、教材費の取扱い、保護者同意手続き等の現実的課題が指摘された。産業界からは機材の選定基準、保守・輸送時の取扱性、協賛モデルの可能性が示された。教育行政側からは公教育への導入に当たる合意形成プロセス、補助金や既存制度との整合性が指摘されて、フォーラムではこれらの多面的な課題を整理し、パイロット事業段階で検証すべき事項の優先順位付けを行った。
委員たちの多様な視点が融合したことで、教育・機材・安全・運営・財務といった複数の要素を同時に成立させる実践的な方向性が明確になった。これにより、本プロジェクトは「理念ありき」ではなく、現実に運用できる「地に足のついたモデル」として構築されつつある。 以降の章では、ものづくり教育の現状と対応策の方向、目指す事業の具体像、体験プログラムの設計、トラック運用・機材・安全対策、事業収支、事業推進体制およびアクションプラン・中⾧期展望等について、フォーラムでの議論を踏まえて示す。

第1回フォーラム 会場参加者
第2章 ものづくり教育の現状と対応策の方向~ 本フォーラムの活動の背景 ~
2-1. 子供たちを取り巻く現状
現代の学校教育において、児童生徒が手を動かして試作・改善を繰り返す「ものづくり体験」が著しく減少しているという認識がフォーラムでの議論を通じて確認された。従来の工作や技術・家庭科の時間に相当する実践的な活動が授業体系の中で縮小し、結果として創造力や課題発見力を育む機会が失われつつある。この傾向は保護者からの声や学校現場の報告からも裏付けられており、「学校ではものづくりの時間がない」、「子どもが技術の授業を知らない」といった指摘が繰り返された。加えて、運動会等の場面で競争を避けようとする教育文化が見られることが、子供たちのチャレンジ精神や主体性の醸成を阻害しているとの問題意識が示された。
フォーラムでは特に、ものづくり体験の減少により次のような能力の低下が顕著である点が共有された。
・ 創造力の低下
・ 課題発見・問題解決力の低下
・ 論理的思考力の低下
・ 粘り強さ・チャレンジ精神の低下
・ 協働力・コミュニケーション力の低下
授業時間について見ると、高校レベルでは、ものづくり教育にふさわしい「総合的な探究の時間」が学校によっては週 1 時間程度に限られる等、ものづくりにまとまった時間を割くことが難しい実情が指摘された。高校の通常授業は 50分単位であり、こういった現場の時間割制約と外部支援の投入タイミングの整合が運営上の問題である。
また学校側の設備に関しては、小中高では一人一台のデジタル端末がほぼ100%近く配備されている一方、多くの学校で専門的な工作設備が未配備である。
ものづくりを教える教員、インストラクターも養成されていない。
更に機器の使用等に当たっての安全問題や保護者の理解醸成への対応方策についても、検討を行わなくてはならない。
2-2. 諸外国の事例
諸外国では既に教育段階でデジタル工作機器を体系的に導入し、段階的なカリキュラムを整備している例が多い。海外の事例から得られる示唆は、教材の標準化・教師用手順書の整備・素材選定と安全基準の明確化・地域間連携の仕組み化である。海外の導入例としては、米国においてTinkerCAD(Autodesk 社が提供する無料の Web ブラウザベースの 3D設計およびモデリングツール)等の簡易設計ツールを用い、児童がモデリングから 3D プリントまでを体験できる短時間カリキュラムの事例がある。これらは「誰でも扱える教材」として教育現場で普及しており、教師用の手順書や評価ルールブックが整備されている点が特徴である。
また、 英国教育省が 2013 年に 21 校で実施したパイロット研究でも、デジタル工作教材を導入した結果、児童生徒の探究意欲が向上し、論理的思考力・課題解決力に好影響が見られたと報告されている。
クラス規模や機材配備の実情は国によって異なるが、複数の海外事例では1 クラス当たり 20 名前後の編成を想定し、機材は 3~4 人に 1 台の比率で稼働させる運用が一般的である。教師向けに段階化されたコンテンツ(初級、中級、上級)と操作マニュアルが用意され、教員が容易に導入できる設計となっている点は日本でも参考になる。海外の教育プログラムの多くは、教材のローカライズを行ってそれぞれの学校事情に適合させている。
加えて、海外では産業界と教育機関の連携により、競技会やコンテスト(デザインチャレンジ等)を教育の一部として組み込み、継続的な学習意欲を担保している。
【参考】 海外における 3D プリンタ教育活用の動向
欧米を中心に、3D プリンタを活用した STEAM 教育およびプロジェクト型学習が急速に拡大している。特に、「設計 → 試作 → 改善」を短期間で繰り返す学習モデルは、創造性・課題解決能力・協働性など、21 世紀型スキルの育成に高い効果を示している。
3D プリンタを活用した反復型学習 Design → Print → Test →Improve
欧米では、生徒が身近な課題を設定し、試作と改善を短いサイクルで繰り返す学習モデルが広く採用されている。これはデザイン思考教育と整合し、以下の効果が確認されている。
・ 問題の整理・再定義ができる
・ 失敗を肯定的に捉え、改善へとつなげる姿勢が育つ
・ 自ら考え、検証し、次の解決策を導き出す力が身につく
・ 協働作業によりコミュニケーション力が強化される

① 初等・中等教育における活用事例(欧州)
初等教育
生活の中の不便を改善することをテーマとした授業が多数報告されている。
・ ペットボトルキャップ開閉補助具
・ 鉛筆姿勢補正グリップ
・ 教室備品(掲示フック・机スペーサー等)の改善
ユーザー視点・課題発見力・創造性を同時に育成する効果がある。
中等教育
地形模型・分子モデル・回転運動の構造モデルなど、従来抽象概念で理解が難しかった学習内容を「手で触れられる教材」に変換することで、学習理解が飛躍的に向上している。
②工学・ロボティクス教育
ロボティクス競技会での活用(北米)
FIRST Robotics (注) 等において、競技会の最中に壊れたパーツをその場で 設計 → 造形 → 交換する運用が一般的である。
・高強度パーツの迅速な試作
・軽量化・形状最適化
・チーム内での役割分担(設計・造形・検証)
工学的思考と協働学習を自然に育てる効果が大きい。

(注) FIRST® Robotics Competition とは、15 歳から 18 歳の青少年を対象とした世界規模の国際ロボット競技会。1992 年に FIRST によって設立。今では世界 35 か国 9 万5 千人以上の生徒が参加。毎年世界大会がアメリカ国内の 2 都市にて開催。(www.firstinspires.org)
【出典】 池田委員提供資料
2-3 対応策の方向 ~ 我が国はいかに対応していくべきか ~
① 授業時間の制約など学校現場の現実を踏まえれば、実施形態として「希望者による放課後講座」、「クラブ活動」、「文化祭等のイベント」、「特別授業(連続回数を設定)」といった柔軟な枠組みでの導入が現実的である。
その際、デジタル教材や事前学習動画を活用することで、ものづくり実施に向けた授業時間を効率化できる可能性がある。事前学習を動画や資料で行い、現場では実地確認と操作実習を行う方式が提案された。これにより限られた現場時間での安全確保と学習効果の両立が期待される。
諸外国の先行事例は大変有益だが、それらをそのまま導入するだけでは教育環境の差によって効果が発揮できない可能性がある。学校の時間割制約、教員の専門性、保護者の理解、各自治体の安全基準や補助金制度といった制度的背景は国ごとに異なるため、海外教材のローカライズが不可欠である。
この点について、AI 等の技術を用いれば既存の英語圏教材を短期間で日本向けに変換可能であり、初動の迅速化に資するとの指摘があった。
② 3D プリンタの技術方式と材料の選定では、教育現場で導入しやすい方式として熱溶融積層方式(FDM/MEX)(注)がコスト面・運用面で優れている。光造形方式(SLA 等)は高解像度を得られるものの廃液処理や安全管理が必要であり、学校段階での一般化には事前対策が必要である。したがって、初期展開は FDM を軸とし、段階的に他方式や高機能素材へ拡張することが考えられる。
(注)3D プリンタの熱溶融積層方式(FDM/MEX)は、フィラメント状の樹脂をノズルで熱して溶かし、一層ずつ積み重ねて立体を作る、最も一般的な造形方式。FDM は熱溶解積層方式(Fused Deposition Modeling)のこと。MEX は材料押出方式(Material Extrusion)のこと。SLA は光造形方式(Stereolithography Apparatus)のこと。
③ 実施に当たってのグループ編成や指導体制については、参加者の習熟度や学年に応じた細やかな配慮が必要である。実務的には「3 人に 1 台程度の機材比率」や「1 グループ 3~5 名程度」が議論され、グループワークによって効率的で多様なアイデアを引き出せるとの見解が示された。学年やコースにより、個別作業と協働作業を弾力的に割り振ることが望ましい。
④ ものづくり教育では、地域連携と持続性という観点が重要である。学校単独での導入の他に地域クラブや発明クラブ、産業技術支援センター等と連携した複合的な運営モデルも有効である。パイロット事業段階では、学校行事や地域イベントを活用して関心を喚起し、週末や放課後の定期活動で参加者の継続を図ることが有効である。また、日本の教育現場特有の制約に対応するためには、機材の輸送・設置を担う移動型の運用(トラック搭載)によって設備投資負担を抑えつつ多数校への展開を可能にする手法(「機材を学校へ運び込む移動型モデル」)が効果的である。
⑤ 安全対策、リスク管理と合意形成は、本プロジェクト導入に当たっての基礎条件であるとされた。レーザー加工機等の近年の機器は密閉構造等の安全対策を備えるものが多いが、それでもリスクの洗い出し、使用前点検、監督体制、保険加入、保護者の同意取得は必須である。安全対策、リスク対策等に関しては、第5章 「5-5. 安全対策、リスク対策、法制度・規制関係」において、詳しく述べる。
⑥ 素材・環境面からは、再生素材やリサイクルの導入が教育面で重要な付加価値となる。学校で発生する廃材やペットボトル由来のフィラメントを利用することを教育プログラムに組み込むことにより、「作る→使う→再生する」という循環型のものづくり教育が実現可能となる。ただし、再生プロセスの導入には機材と手順の整備、衛生等の運用ルールの確立が必要である。
⑦ プロジェクトの進め方について、初期導入は FDM 方式と簡易 CAD ツールを基軸とした短時間カリキュラムから始め、教師用手順書と事前学習コンテンツを整備した上で、発明クラブ・地域クラブや私立校を起点としたパイロットを行い、ノウハウなどの知見を蓄積し、並行して教員研修と安全マニュアル整備を進めることで公教育への段階的展開を目指すことが妥当であるとの意見が出された。
第3章 目指す事業のイメージ
3-1. 目指す事業の目的・コンセプト
本プロジェクトの基本的な目的を整理すれば以下のとおりである。
・子供たちの創造性と探究心の喚起
・発案 → 設計 → 造形 → 評価 → 改善 の実践的学習機会の提供
上記目的を実現するためのコンセプトは「移動する町工場」である。機材を固定した工場に子どもを集めるのではなく、必要な機材をトラックに搭載して学校や地域の場に出向き、教育の現場に近い環境で実機を稼働させる方式を採用する。これにより、地域の複数の箇所へ効率的に展開することが可能となる。運用段階では民間の専門人材が指導を行い、教員も共に学ぶ「伴走型」の指導形態を基本とし、定着を図る。
カリキュラム設計上のキーポイントは次の三つである。
第一は「段階化されたコース分け」である。学年や習熟度に応じて初級・中級・上級を設定し、各段階で求められる到達目標を明確にする。第二は「課題解決志向の題材設定」である。生活や学校内の具体的な課題(ロッカー整理具、学内掲示の改善、防災小物等)を題材とすることで学習の目的性を高め、成果の価値を実感させる。第三は「反復と評価」である。カリキュラムについて外部評価などを通じて改善すべき点を次回へ反映させる。
以上から活動例として、下記の内容が想定される。
・初級:観察・造形体験(ネームタグ、キーホルダー等)
・中級:機能を伴うプロトタイプ制作(ロッカールーム改善具、簡易治具等)
・上級:社会課題解決型プロジェクト(地域課題を設定したプロダクト開発、再生素材を用いた設計等)
運営していく上で、「短時間体験」と「継続プロジェクト」の二形態を併用する。短時間体験は文化祭やイベント等でのワンデイ体験を想定し、継続プロジェクトは放課後講座や授業時間内の「総合的な探究の時間」などを活用して数回にわたる深掘りを行う。短期で関心を喚起し、中⾧期で興味を育てる循環を作ることが運用上の肝である。
技術仕様に関しては、教育現場で安全かつ保守しやすい小型機器群(卓上型 FDM 3D プリンタ、レーザーカッター(密閉・換気対策済み)、小型旋盤・フライスのデモ機、電動工具の簡易セット等)を想定する。実機は、以下の画像を参照。
使用する機材や設備の選定に関しては、第4章「4-1. 使用する設備」において、詳しく述べる。
図3‐1.小型機器の例
【左:ミニ卓上旋盤 FL350E(supre)】【真ん中:小型フライス盤 M18-EX】【右:卓上ボール盤 TB-1131K】

【左:卓上式サンドブラスト】【右:ベルトディスクサンダー T123EB】

【左:FDM 3Dプリンター】【右:LeserPecker LX1 多機能な折りたたみ式レーザー彫刻&カッター】

図3-2. 卓上旋盤 所要面積:約900mm×320mm(最大)

図3-3. 卓上ボール盤 サイズ:幅240×奥行420×高さ580mm

図3-4. フライス盤 所要面積:約1300x1000mm(最大)
3-2. 移動町工場プロジェクトの対象者
本プロジェクトの当面の対象地域は東大阪地域とし、段階的に他地域へ展開することを想定する。
(1) 学校の授業として行う場合
以下のとおり対象区分を想定する。
‐ 小学校(低学年・中学年・高学年)
低学年: 視覚的・触覚的な驚きと達成感を重視し、短時間で完結するデモ制作や簡易造形を中心とする
中学年: 材料理解や道具の使い方に重点を置いた体験型ワークショップを基本とする
高学年: CAD の初歩、簡易プロトタイプづくり、グループでの課題発見と解決を導入する
‐ 中学校
技術科との連携がしやすく、試作→改善→発表というプロセスの教育効果が最も高い層であり、学校内の課題(整理具、防災アイテム、掲示改善など)を題材に、生活・地域の課題を自分ごと化できる
‐ 高等学校
キャリア形成と直結する年代で、より高度な設計・検証・改善サイクルが可能である
地域企業との連携、共同プロジェクト、探究活動など、産業界との架け橋になる可能性が高い
対象者選定と参加募集の手法は、学校現場の実情を踏まえ、「希望者参加」を基本とすることが現実的である。学年全体を巻き込むには校内リソースの制約があるため、まずは興味を持つ生徒を対象に募集を行い、得られた成果や教員の理解を基に段階的に拡大していく。
なお、以上の場合でも年齢で一律に区分するのではなく、興味・習熟度に応じて初級・中級・上級のコース分けを弾力的に適用することが望ましい。
(2) 学校の授業以外の場合
学校内実施(「総合的な探究の時間」などの活用)は、公立校の場合、現行のカリキュラムとの関係、授業時間枠との関係などで実行までには検討に時間を要すると考えられる。そこで、他に、放課後講座・クラブ活動、地域拠点での定期プログラム、文化祭等のイベントという類型を想定する。放課後講座やクラブ活動は、志向性の高い参加者を確保しやすく、継続的な学習の場として機能する。イベントは初期の関心喚起および広報手段として利用する。
クラブ活動、文化祭等のイベント、発明クラブや地域クラブの他、自由度の比較的高い私立校での先行実施はパイロット事業として有効であり、イベントでの展示やデモンストレーションを通じて将来の参加者を増やす効果が見込める。
本プロジェクトの学習形式については、第4章「4-2. 学習形式」において、詳しく述べる。
第4章 移動町工場プロジェクトにおける体験プログラムの内容
4-1. 使用する設備
本プロジェクトで用いる機材や設備の選定は、安全性・耐久性・メンテナンス性を最優先し、教材は操作手順や危険箇所を視覚化したマニュアルや事前学習動画と組み合わせて提供することで現場の負担を軽減する。これらは実際の工場で用いる大型設備とは異なり、卓上・小型でありながらものづくりの工程(設計→造形→後加工→組立)を再現できることが求められる。加えて、輸送や荷台への固定、現地での電源・換気条件に適合する機種を優先する必要がある。
機材の導入方針は、まず樹脂系の熱溶融積層方式(FDM)3D プリンタを軸にし、レーザー加工機や小型切削機、手工具を組み合わせる段階的導入とするのが現実的である。溶接等の危険を伴う工程は、高校生以上や特別な安全管理が可能な場面に限定して扱うことが望ましい。
導入機材の想定カテゴリと要件は次のとおりである。
・造形機器:卓上型熱溶融積層方式(FDM)3D プリンタ。教育用途での耐久性とメンテナンス性を重視。ノズル交換やベッド調整が容易な機種。フィラメントはPLA を標準とし、段階的に再生フィラメントを導入
・切断・彫刻機器:密閉型レーザー加工機(小型、換気対策済み)
・切削・研削機器:小型フライス盤、ミニ旋盤、卓上ボール盤等の教育用小型機。回転物の飛散防止カバーや非常停止機構を備えた機種を選定
・ICT 機器:タブレット端末(設計・モデリング用)、ノートPC、ポケットWiFi、投影装置CAD ソフトはTinkerCAD 等の教育向け無償ツールを中心に採用
・安全・環境装置:排気ファン・排気ダクト、消火器、応急処置セット、機材固定具、振動吸収材
機材選定の具体的評価基準は、次のとおりである。
・安全機構の有無(蓋の開閉で停止するインターロック、非常停止ボタン等)
・電源要件(100V 駆動可能か、消費電力の把握)
・保守性(消耗部品の入手性、現地での交換容易性)
・輸送耐性(搬送時の衝撃・振動に対する保護方法の有無)
・廃棄物処理の容易性(レーザー加工時の切削粉・蒸気の処理方法)
消耗品・備品管理の観点からは、以下の物品の常備が必要である。
・フィラメント(PLA、再生フィラメントを含む)
・スペアノズルおよび予備ベッド材
・カッティングマット、交換用レーザー保護ガスケット等
・ドリルビット、カッター刃、サンドペーパー各種
・保護具(ゴーグル、手袋)
・消耗備品管理台帳および簡易検査ツール
運用上の安全対策として、機材毎にリスクアセスメントを行い、操作手順書(視覚的な動画を含む)と危険箇所表示を標準化することが重要である。
特に、レーザー加工機は排気・発火のリスク、切削機器は巻き込みや切創のリスクがあるため、使用条件(学年制限、監督人数、保護具着用等)を明確化する必要がある。
機材の保守体制としては、定期点検スケジュール、消耗部品の在庫基準、簡易トラブルシューティングマニュアルの整備を行う。
4-2. 学習形式
参加人数とグループ編成について実務上の最適解を検討した結果、機材と指導員のバランスから「3 人~5 人/グループ、1 グループに対し1 台程度の操作機器の共有」を基本とする運用が現実的である。1 回あたりの実施想定規模は20 名前後を標準とし、必要に応じて4班編成等で対応する形が望ましい。授業時間の目安は50 分を標準とし、継続プログラムでは全3回コース(導入・作図・造形・発表を含む)や全2 回コースのいずれも運用可能とする。これにより学校ごとの事情に合わせた柔軟な導入が可能である。
本プロジェクトの学習形式は、学校実施(授業枠)、放課後講座・クラブ活動、イベント型の短期体験の3形態を基本として設計する。各形態は参加者の関心・時間制約に応じてカスタマイズ可能とし、共通して「発案→設計→造形→評価→改善」というプロセスを組み込むことを原則とする。学校内実施では授業時間の制約を考慮し、事前学習(動画・デジタル教材)により現場での実機操作時間を最大化する方式を検討する。
グループ編成は学年や目的に応じて可変とするが、以下の運用が妥当である。
・1 グループ:3~5 名
・端末配備:1 グループにタブレット1 台、指導者用1 台の想定
・指導体制:参加者20 名前後に対して講師・指導スタッフ2~3 名体制が目安
【具体的な学習形式】
第3章「3-2. 移動町工場プロジェクトの対象者」で示した学校内からイベント型までの参加形態別に学習形式を考察すれば、以下のとおりとなる。
① 学校内実施(授業枠内/総合的な探究の時間など)
学校の50 分または45 分の授業単位で展開する形式
事前学習(動画・資料)を活用し、教室での操作時間を最大化
1 グループ3~5 名で協働しながら設計→加工→発表まで体験
利点:
授業としての正規化ができるため、より多くの生徒への提供が可能
課題:
授業時間の制約が大きいため、事前学習と教材の標準化が必須
② 放課後講座・クラブ活動・地域拠点
興味の高い子どもが集まりやすい
90~120 分程度のまとまった時間を確保できる
継続型のプロジェクトに最適
利点:
参加者が自発的で、創造的なアウトプットが生まれやすい
課題:
教員の負担軽減のため外部指導員の継続配置が鍵
③ イベント型(文化祭・地域行事・ワンデイ体験)
初めての子どもに体験してもらう「入口」として有効
45~90 分程度でできる短時間モジュールを実施
展示・デモンストレーションによる保護者・地域への広報効果が高い
利点:
幅広い興味喚起につながる
課題:
深い学習体験にはつながりにくいため、継続プログラムとセットで設計する
【頻度別に見たコース設計】
3 回コース、2 回コース、1 回コースの頻度別に見たコース設計を以下例
示する。
・全3 回コース(継続型)
目的:設計から造形、改良、発表までの一連工程を体験させること
構成:第1 回(導入・アイデア出し・基礎CAD 教育)、第2 回(詳細設計と造形準備)、第3 回(造形・後加工・発表・評価)
所要時間:各回90~120 分
特徴:反復学習により改善サイクルを体験可能。学校の放課後講座に適合
・全2 回コース(短期連続)
目的:設計と造形を短期間で完結させることで関心を喚起すること
構成:第1 回(導入・設計)、第2 回(造形・発表)
所要時間:第1 回120 分、第2 回120 分等の設定が望ましい
・1 回コース(イベント型)
目的:広報・関心喚起用のワンデイ体験
構成:導入・簡易設計(テンプレート利用)・短時間造形物の受け渡し(後日受け取りも可)・簡易発表
所要時間:45 分~90 分
特徴:文化祭や市民イベント向け。短時間完結のためテンプレートや準備済みパーツの活用が有効
いずれのコースも学習終了後に、終了証やバッジ等を授与して、児童・生徒の達成感を高めることが望ましい。
安全管理と参加条件に関しては、年齢別制限・同意書取得・危険箇所に対する操作制限を明確にする。例えば、レーザー加工や卓上ボール盤の直接操作は基本的に小学校中学年以上、または指導者監督下での限定的実施とし、小学校低学年は観察と簡易工作に留める運用が適切である。保護者の同意と事前の健康状態確認、参加時の保護具着用の徹底が必要である。
4-3. トラック
本プロジェクトにおいて、トラックは機材輸送手段であると同時に「移動する町工場を教育現場へ持ち込むプラットフォーム」、「こどもたちに本物の技術を届ける学習インフラ」という重要な要素であるため、機材搭載性、輸送安全、現地作業性、法令遵守の観点から多面的に運用を検討する必要がある。パイロット段階では、柔軟性と低コスト性を重視してレンタルの2 トントラック等を用い、運用ノウハウとデータ(必要人員、消耗品、電源負荷、搬入の難易度、児童の反応、安全上の課題など)を得た上で本格運用段階にはウィング型4 トントラックを購入・改造して固定搭載方式へ移行する段階的戦略が現実的である。
この段階的アプローチにより、過剰投資を避けつつ、教育現場での使用に最適化された「本当に使える」車両仕様を作り上げることが可能になる。
トラック導入・運用に関する主要検討項目については、下記の【参考】 トラック導入・運用に係る主要検討項目において詳細に述べる。
【参考】 トラック導入・運用に係る主要検討項目
トラックを教育現場で安全かつ実用的に運用するためには、以下の5 つの項目を事前に精査する必要があるが、これらは学校ごとに事情が大きく異なるため、一校ごとに事前調査を行い、詳細を確定することが必須である。
1 校内乗り入れ可否の確認、駐車計画
学校敷地内への乗り入れにあたっては、各実施校ごとに駐車可能なスペースの有無、校地内通行の可否(校門幅、通行路の高さ制限等)を事前に確認することが必須である。校庭やグラウンドに乗り入れる場合は地面の損壊や安全面を考慮し、必要に応じて敷板等で対応する。停車位置は児童の動線と機材スペースが干渉しない場所を選び、緊急時の避難経路も確保する。学校側とは、実施前の打合せで「搬入経路」、「停車位置」、「雨天時対応」を明確に共有し、双方の安全管理体制を整える。
2 電源供給と安全管理、ネットワークサービス
本プロジェクトの機材はすべて100V 電源で稼働するが、学校によって電源コンセント位置やブレーカー容量が異なるため、現地調査が不可欠である。
理想は学校電源を使用することだが、これが不安定な場合はトラック側のバッテリ/静音発電機を使用する。
安全面では、
・過負荷を防ぐための配電盤(漏電遮断器・ブレーカー付き)をトラックに搭載
・発電機使用時の騒音・振動・排気対策を事前に検討
・ケーブルの養生、足元の安全確保
といった運用ルールを整備する。
ネットワーク設備として、ポケットWiFi 等の無線回線をトラックに搭載し、設計・出力データのアップロード・ダウンロード、遠隔指導の支援を行う。
3 荷台レイアウトと機材固定
荷台は輸送中と作業時で役割が異なるため、それぞれのフェーズに対応可能な設計を検討する必要がある。
輸送時
・3D プリンタ、レーザー加工機、小型旋盤・小型フライス等を専用ラック・ボルト固定で確実に固定
・精密機器には緩衝材で振動対策
・出発前後にチェックリストで点検
作業時
・荷台を展開して作業台を設置、または屋内に搬入
・レーザー・旋盤等は区画管理し、インストラクターが常時監督
・転落防止柵、照明、換気、消火器、動線の表示
・荷台レイアウト図を運用マニュアルとして標準化
このように、荷台は「移動時は機器を安全に守る箱」、「現場ではmini 工場フロア」として活用する。
4 運用スタッフの確保
トラック1 台分の標準的な運用体制は、次のとおりである。
・運転手兼設営担当:1 名(車両運転、設営・撤収、機材固定、電源配線)
・インストラクター:1~2 名(3D プリンタ、レーザー、小型旋盤・フライスの操作指導、機材トラブル対応、安全管理)
・補助スタッフ:1 名(誘導・受付、子ども対応、写真記録、備品管理)
インストラクターには、機材操作だけでなく安全管理・子どもへの声掛け・トラブル対応まで一連の技能を求める。
運転手は、車両管理だけでなく、基本的な機材搬入や固定作業もできることが望ましい。
5 法令・保険
トラックを教育現場で使用するにあたり、以下の法令・規制を遵守する必要がある。
・道路運送車両法(車両改造、保安基準、車検)
・消防法(可燃物積載の規制)
・廃棄物処理法
・学校敷地での活動に関する自治体ガイドライン
さらに、参加者の安全確保のために以下の保険加入を必須とする。
・車両保険(車両運用リスク対策)
・賠償責任保険(第三者事故対策)
第5章 今後検討すべき課題
今後検討すべき課題として、第4章「4-3. トラック」で詳述した以外では、以下の事項が考えられる。
5-1. 必要な人材
本プロジェクトの実行性と質を左右する最も重要な要素は人的資源である。現場指導者の専門性、機材保守の体制、広報・資金調達、活動の記録を担う人材の確保が必須である。人的構成は「事務局(運営管理)」、「運転・設営担当」、「技術インストラクター」、「補助スタッフ(運営補助・安全監視)」および「保守・修理担当(外部委託含む)」として、これらの人材は、役割ごとに期待される業務内容と必要スキルを明確化し、採用・育成計画を立てることが重要である。技術インストラクターについては、地域の産学連携の一環として地元の大学、高専の学生にインストラクター役を担ってもらうことが期待できる。
人材確保は予算と密接に連動するため、収支計画には運営コストに見合った人件費を優先的に織り込む必要がある。人的リソースの確保と育成は事業の持続性を左右する主要課題であるため、早期に要員計画と研修カリキュラムを整備することが求められる。
5-2. 事業収支の見込み
本プロジェクトの収支検討に際しては、初期段階での収支と、事業が本格的に動き出した後の収支を分けて検討することが基本である。以下では、フォーラムの中での議論等において示された収支見込みを整理する。事業スタートに当たっては、更に詳細な見積りと分析を行う必要がある。
① 初期段階
費用としては、
・トラック購入・改造費用:パイロット実施においてはトラックをレンタルする
・3D プリンタなどの主要装置
・その他加工機・工具類:小型レーザー加工機、ボール盤等、タブレット等ICT 機器
・プログラム企画・教材開発費
・予備費・不確定要素:不確実性を考慮し、ある程度の予備費を見込むことが望ましい
これら初期費用の調達に当たっては、クラウドファンディング、協賛金、自治体の実証補助を組み合わせるハイブリッド資金調達が現実的である。
② 事業がスタートした後
年間維持費としては、
・保守・車両維持費・駐車場等
・事務局運営費(人件費、事務所経費)
・運転手、インストラクタ報酬等の現場人件費、材料費、保険料、消耗品が想定される。
これに対する年間収入としては、
・パートナー協賛金等の企業支援
・プログラム実施による参加費収入等
・助成金・補助金の活用(教育関連、地域振興関連)を検討する。
上記の収入想定を立てる際は、保守費や人件費の変動、会場手配に伴う諸費用、天候等によるキャンセルリスクを十分に織り込むべきである。特に、協賛依存度が高い場合は、スポンサー離脱時のリスク管理が必要である。
是非、「熱い想い」と「データ、実績」で協賛企業の参加を募っていきたい。
5-3. 事業の推進体制、事業実施主体
本プロジェクトを進める上で、最も重要なのは 「誰が旗を振り、誰が現場を回すのか」を明確にすることである。仕組みをつくるだけでは動かず、現場を担う人と組織が揃って初めてプロジェクトは呼吸を始める。だからこそ推進体制は、事業の公益性と持続性を両立しながら、現場で動ける設計が不可欠である。実施主体の形態として、民間事業者による実施、一般社団法人やNPO等の非営利組織設立での運営という選択肢が考えられる。各方式には利点と制約があるため、立ち上げ時期には迅速性と柔軟性を優先して既存の民間事業者や団体を運営母体としてパイロット事業を実施し、実績に基づき将来的に組織形態を再検討する段階的アプローチが現実的である。
組織形態の選定に当たっては、次の点を考慮する。非営利法人は、助成金や寄附にアクセスしやすく公共性の担保に有利であるが、収益事業の柔軟性に制約が生じる場合がある。営利法人は、事業拡大や資金調達の自由度が高いが、公共的な理解獲得のための説明責任が重要となる。したがって、事業の初期段階は民間主体で迅速に動き、信頼と実績を基に一般社団等の公益性の担保された形へ移行するアプローチも有効である。
推進体制に求められる運営機能は、事業企画・カリキュラム開発、機材調達・保守管理、人材採用・育成、学校・自治体との相談、広報・集客、資金調達・財務管理、安全管理・法令遵守、評価・改善サイクルの実施などである。これらの機能を事務局内で分担するか、外部パートナーに委託するかはリソースとコストを勘案して決定する。
体制構築のスケジュール案としては、初期3~6 か月で事務局体制とパイロット事業の実施計画を整備し、6~12 か月でパイロット事業の実施と評価、12~24 か月で組織形態の見直しと地域展開を検討する段階的ロードマップを提案する。
5-4. 安全対策、リスク対策、法制度・規制関係
安全対策とリスク管理は本プロジェクトを実施する上での基礎条件であり、学校現場での信頼獲得に直結する。リスクアセスメントを機器別・工程別に実施し、想定されるリスクと対処策を体系的に整理することが必須である。主なリスク項目としては、機器操作による怪我、火災・発火、機材輸送中の破損、児童の転倒等の一般的事故、第三者賠償リスク、個人情報・肖像権に関するトラブルが挙げられる。これらに対して事前対策、監視体制、事後対応手順を明文化する必要がある。
機器別の主な留意事項は、次のとおりである。
3D プリンタは、高温ノズルや加熱ベッドによるやけど、フィラメントの燃焼リスク、加熱時の揮発成分の発生に留意する。レーザー加工機は、目に対する危険、燃えやすい材料の使用による発火リスク、切削粉や蒸気による有害性に注意する。切削機器やバンドソー等は、巻き込みや切創のリスクへの対応として、作業対象者の年齢制限・保護具の徹底が必要である。これらの機材に関しては、使用前点検項目表と操作マニュアルを整備し、事前に動画での予習を義務化することで現場での事故リスクを低減する。
現場では、必ず以下の点を徹底する。
・使用前点検チェック
・動画での事前学習(子ども/教員双方)
・保護具(ゴーグル/手袋)
・機器周囲の立ち入りライン
・緊急停止ボタンの説明
保険手配と保護者の同意手続きは必須である。参加者向けの傷害保険および主催者側のPL 保険・車両保険の手配を行い、保険適用範囲と免責事項を関係者に明示する。同時に保護者への事前説明会を開催して、同意書(写真掲載許諾を含む)の取得を行い、同意を得られない場合の代替措置も設計しておく。学校側との合意文書には、責任区分と緊急連絡体制の取り決めを明記することが望ましい。
法制度面では、車両改造に係る道路運送車両法、消防法に基づく可燃物の積載規制、廃棄物処理法に係る廃液・廃材処理、労働安全衛生関連規則(職員の安全確保)等を確認し、必要な届け出や手続きを管轄窓口に事前相談する。学校現場での実施に際しては、教育委員会の指針や自治体の安全基準に従う。
安全対策は文書作成で終わるものではなく、実地運用での事例蓄積に基づく改善が不可欠である。小さな事故やヒヤリハットも記録し、定期的にリスク低減策をレビューしてマニュアルを更新するPDCA サイクルの運用を定着させることが、安全文化の醸成に繋がるものと考えられる。
5-5. 関係者間の合意形成方法
このプロジェクトは学校、保護者、自治体、産業界、地域団体など多様なステークホルダーの協力を得て初めて成立するため、段階的かつ透明な合意形成プロセスが不可欠である。合意形成の基本方針は、「情報の早期共有」、「実機デモによる可視化」、「安全性の事前担保」、「段階的拡大」である。学校側は教育効果と安全確保を重視し、保護者は安全と費用負担を重視し、自治体は公共性・法令遵守・予算配分を重視する。これらの観点を整理し、合意形成に求められるポイントを明確化することが必要である。
合意形成を円滑に行うためのツールとして、次の資料を整備することが有効である。分かりやすい導入パンフレットおよび動画、事前リスク説明と同意書テンプレート、学校向けチェックリスト、保護者向けQ&A、地域説明会のスライド等である。加えて、SNS やWeb での定期的な発信により透明性を確保し、地域の理解を深めることが重要である。
合意形成は一度で終わるものではなく、パイロット事業実施を通じた実績の蓄積と公開が信頼醸成の最大の手段である。したがって、初期段階における成功事例の可視化(報告書、メディア広報、公開評価)を重視し、これを根拠として次のステップへの展開に向けた合意を段階的に広げるアプローチが有効である。
5-6. その他のプログラムの検討
本プロジェクトの主軸は3D プリンタ等を用いたものづくり体験であるが、参加者の関心喚起や学習効果向上を図るために補助的なプログラムを検討する価値が高い。補助プログラムの候補としては、廃材や再生素材を用いたサステナビリティ教育、簡易工作(例:ポンポン船等の動力模型、下記参照)、ロボット・ドローンを用いた競技、地域課題解決型ワークショップ、発明クラブ連携プログラム、学校対抗のデザインチャレンジ等が想定される。これらは目的と実施資源に応じて組合せを検討することが望ましい。
競技性を持たせたプログラム(地域対抗デザインチャレンジ、モノづくり甲子園等)は、参加者のモチベーション向上に有効である。
ポンポン船等の手作り模型を作っていくことは、考えながら試行錯誤で製作を進めていくので満足感を得やすく、イベントやクラブでの導入に適している。一方で3D プリンタ主体のプログラムとは時間配分や素材の性格が異なるため、同時並行での実施は運営資源を分散させる可能性がある。
3D プリンタ等を使ったコアプログラムの品質を担保した上で、補助的プログラムは段階的に導入し、各プログラム間でのシナジーを最大化する運用設計を行うことが、本プロジェクトによる学習効果向上と地域展開につながるものと考えられる。
教育モデルとしてのポンポン船


図5-1. リトルマイスターでのポンポン船作り
(出典) https://note.com/toya_machico/n/n1b8e7737db06 より転載。
ポンポン船は熱エネルギー、流体挙動、推進力など複数の物理現象が、単一のシステム内で連続的に発生する構造を持つため、現象そのものを観察することで動作原理を理解できる点において、機械システム教育の導入モデルとして有効である。
具体的には、構造が極めて単純なので、パイプの⾧さや船体形状といった設計要素の違いが、挙動や性能に直接的に影響する。このため、「どこを変えると、何がどう変わるのか」というシステム思考を自然に引き出すことができる。これは、原理を理解し、構造を説明できる技術人材の育成という観点からも示唆に富んでいる。
第6章 今後のアクションプランと中⾧期展望
6-1. パイロット事業
本プロジェクトの初期段階における最重要タスクは、パイロット事業を通じて運用性・安全性・教育効果・事業性の検証を行うことである。パイロット事業の目的は、次の3点である。第一に、機材搬送・設置・稼働という運用プロセスの現実性を確認する。第二に、教師・生徒・保護者の受容性と安全対策の実効性を検証する。第三に、費用構造と資金調達モデルの実証を行う。これらの検証により、本格展開に向けた設計改良と合意形成を行うことが可能となる。
今回、東大阪地域においてはパイロット事業に先立ち、まずデモンストレーションを行うことによって広く関心を喚起することとする。具体的には、2026 年3月に開催される東大阪市日新高校桜まつりでのデモンストレーションをファーストステップと位置付ける。桜まつり等の学校行事は地域住民と保護者の参集が見込めるため、安全対策の実地確認と広報効果の両方を得られる最適な機会である。
それに続き、パイロット事業として私学や東大阪少年少女発明クラブ等既存の地域拠点での小規模集中テスト運用を併行して実施し、参加者層の違いによる運用ノウハウを蓄積する。
これらの実施時にDX ハイスクール補助金等の公的資金の活用可能性を検討することも重要である。
パイロット事業で検証すべき主要項目は、次のとおりである。
・プログラム設計の適合性
・教育効果
・学年別の課題修正事項
・指導員と教員の役割分担、人員配置の最適化
・機材の構成と必要台数の最適化
・トラック搭載レイアウトの妥当性
・現地電源・換気・WiFi の実用性
・保険・同意手続きの運用性
・参加費設定に対する保護者の反応
・地域協賛の反応および広報効果
これらの項目は、優先度をつけてパイロット事業の評価指標に盛り込み、定量・定性データを収集することが必要である。
6-2. 東大阪から世界へ
本事業の地域展開方針は、パイロット事業で得られた知見を踏まえ、段階的かつ持続可能なスケールアップを図ることである。展開戦略は「実績の積み重ねによる信頼獲得」、「地域ネットワークの拡大」、「自走可能な運営モデルの構築」を三本柱とする。初期段階は私立校や発明クラブ等の受け入れやすい場を起点とし、次に関西圏の私学中心に展開し、さらに公立校や全国展開へと広げるロードマップを描くことが妥当である。
展開の時系列イメージは、次のとおりである。
1 年目(試行とモデル化)
私学・発明クラブ等でのパイロット事業により実証実施と評価、運用マニュアル作成
2 年目(地域拡大)
関西圏の私学・教育イベント・企業連携により回数拡大と現地ノウハウの整備
インストラクター育成(大学生、企業OB、教員)
3~5 年目(公教育化と全国展開)
公立校への水平展開、自治体・教育委員会との協業モデル確立、地域ハブの設置
5 年目以降(競技化・国際化)
全国展開、地域・学校対抗のデザインチャレンジやモノづくり甲子園化、国際連携の推進
地域展開と並行して、広報と社会理解の醸成を進めることが重要である。具体的にはWeb サイトやSNS による事例発信、地域媒体との連携記事、学校説明会でのデモンストレーション、企業との共催イベントの開催を通じてブランド認知を高める。公教育化を目指す際には教育委員会や議会への丁寧な説明と実績提示が不可欠である。
第7章 最後に
移動町工場プロジェクトは、学校現場の制約や社会的課題を踏まえつつ、子どもたちに実践的なものづくり体験を届ける新しい教育モデルである。このモデルを確立するためには、まず小規模なパイロット事業で実績とノウハウを蓄積し、安全性と教育効果を確認することが必要である。その後、段階的に展開範囲を拡大することによって、地域全体のものづくり教育の底上げに寄与するこ
とが期待される。
これからの社会ではデジタル技術、AI 技術が益々発展していくが、それを使いこなすべき人間にとっては豊かな発想力、創造力を持つことがより一層重要になっていく。第6期科学技術・イノベーション基本計画(令和3年3月26日閣議決定)においても、「急速に社会構造が変化する中、既存の枠組みや従来の延⾧では対応できない課題に取り組む能力が求められており、初等中等教育の段階から、好奇心に基づいた学びを実現し、課題に立ち向かう探究力を強化する必要がある」とされており、本プロジェクトは、その目的の具体化への取組の一つとも言えるものである。
本プロジェクトを通じて、若い世代の考える力、挑戦する心を育むことこそが、新しい社会の基盤を作ることになると期待する。
この報告書が、広く国内他地域で我々と同じ問題意識を有する人たちにとって、本プロジェクトのアイデアと意義を理解する一助となり、多くの地域で同様の検討が行われる足掛かりとなることを願う。
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