【連載】中小製造業の“今”を変える – 経営と現場のデジタル改革(第6回)

第6回 デジタル化・DX 化において求められる人材とスキル、育成と確保

中小企業におけるデジタル化のための人材と課題

 デジタル化や DX 化を進めようとする多くの中小企業が最初に直面するのが、「人材がいない」
という課題です。
 しかし、この“人材不足”には、デジタル化に着手していない企業ほど陥りがちな 「想定している
人材像のズレ」
が含まれています(図1)

 図1:想定している人材像のズレ

 一般に「IT 人材」「デジタル人材」というと、AI やシステム開発に精通した専門職を思い浮かべがちです。
 ところが、中小企業が実際に必要としているのは、こうした“つくる人”ではありません。必要なのは、
・現場を理解し、課題を発見できる人
・Excel やクラウドツールなど身近な IT を使って業務を改善できる人
・外部に依頼するときに、自社の要件を正確に伝えられる人
・導入した仕組みを現場に定着させられる人

 現場を理解しながらデジタル技術を活用して改善を進める“現場デジタル実務人材” です。

 この役割に求められるのは、高度なプログラミング能力ではなく、業務理解やコミュニケーション能力、簡易なデータ活用といった実務に根ざしたデジタル活用力です。

 近年はノーコードツールの普及により、視覚的な操作でアプリや業務システムを構築できるよう
になりました。さらに生成 AI の登場により、プログラミングやデータ分析の一部を AI が補完できるようになり、中小企業でも従来は「外部に委託しなければ難しかった」業務を内製化しやすい
環境が整ってきています。
 こうした技術の進展により、デジタル活用の敷居は確実に下がっており、「専門人材がいなけれ
ば進められない」という状況ではなくなりつつあります。

 重要なのは、こうした変化を踏まえ、「自社が必要としているのはどんな人材か」を現実的に見極め、必要以上に専門スキルに偏った人材像を追い求めないことです。

 具体的に誰を担い手とするか、どう育てるか。
その実践的な方法については、次のパートで詳しく整理します。

デジタル化を進める人材の体制 ― 経営層・推進担当・全社員の三層構造で考える

 中小企業のデジタル化、DX 化は、単に新しいツールを導入することではなく、経営の方向性と
現場の実行力をつなぐ全社的な取り組みです。そのためには、企業内で「誰が何を担うのか」を
明確にし、全員が自分の役割を理解することが不可欠です。専任部署を置けない場合でも、次
の“三層構造”で整理すると現実的です(図2)

図2:デジタル化・DX化を前進させる三層の役割モデル(経営層・推進担当・全社員)

【経営層】─ デジタル化の方向を示す
デジタル化の目的は、生産性の向上や事業の競争力強化です。経営層はまず、自社の未来像
を描き、「なぜデジタル化に取り組むのか」を明確にすることが出発点です。トップが旗を掲げ、
方向を示すことで、社員が安心して行動できます。

【推進担当】─ 経営と現場をつなぐ
経営方針を具体的な施策に落とし込み、現場をリードするのが推進担当です。
改善テーマを整理し、必要に応じて外部専門家や支援機関と連携します。

 特に中小企業では、経営者自身が推進役を兼ねて動くケースが多く、その方が意思決定と現場
の動きが噛み合いやすく成功しやすいという特徴があります。
その意味で推進担当は“経営と現場の橋渡し役”としても、組織の変革力を支える中心的な存在
です。

【全社員】─ デジタルを使いこなす力を身につける
現場でデジタルを業務改善に活かし、成果を実感することが変革の第一歩です。「難しそう」と構
えず、身近な業務から試してみる姿勢が重要です。その積み重ねが企業文化を変え、デジタル
活用力の底上げにつながります。

 三層それぞれが自分の役割を理解し、連動して動くことで、デジタル化と DX化 は継続的に進みま
す。特に“経営と現場をつなぐ人”の育成が、全体の推進力を支える鍵となります。

デジタル化を推進する人材の発掘と育成 ― 内部成長を核にした現実的アプローチ

 デジタル化・DX 化を進める上で欠かせないのが、企業の中で「デジタル化・DX 化を推進する
人」をどう育てるかという視点です。
図に示すように、若手社員(デジタルネイティブ)、事務部門のスタッフ(データ活用経験者)、現場理解の深い中堅社員など、社内を見渡せば業務を深く理解し改善意欲を持つ人は必ずいま
(図3)

図3:「学びと成長の好循環」により持続的なデジタル化・DX化を推進

 そうした人材を「デジタル活用の核」として育てるには、まず小さな成功体験を積ませることが重要です。
 例えば、Excel の集計作業を自動化したり、業務フローをデジタル化したりと、日常業務に直結する取り組みから始めることで、「自分たちでもできる」という実感が生まれ、次の挑戦につながります。

 経営層の役割は、こうした挑戦を評価し、継続的に学ぶ機会を提供することです。外部研修や
地域の支援機関との連携も活用しながら、「デジタル化・DX 化を推進する人」を少しずつ増やし
ていく ― これが中小企業にとって現実的なデジタル人材育成の道筋といえます。

 同時に、専門的な知見が求められる場面では、外部の力を取り入れる柔軟さも欠かせません。
IoT やデータ分析など、高度な領域をすべて自社だけで抱え込むのは非効率です。ただし、方
向性と最終判断はあくまで自社が握ること。外部人材を「請負業者」ではなく「伴走者」として位
置づけることで、内部人材の学びと自立性を保ちながら、スピード感のある変革につなげることが
できます。

 内部育成と外部人材の活用、そして全社員のリテラシー向上は、相互に循環する関係にありま
す。社内で人が育つほど外部との協働が円滑になり、その経験がまた次の人材育成につながっ
ていく。こうした循環が生まれることで、デジタル化・DX 化は一過性のプロジェクトではなく、組織文化として根づいていきます。
この「学びと成長の好循環」をつくることこそが、持続的なデジタル化・DX 化の基盤と言えるでしょう。

これまでのコラム

第1回 中小製造業の生産性改革 – デジタル化が切り拓く未来
第2回 視察と調査で読み解く 中小製造業のデジタル化とDXの現状
第3回 中小製造業がデジタル化・DX化で得られる現実的な成果
第4回 つながる中小企業:デジタルで実現する共創と価値創造
第5回 企業文化を変えて、デジタル化・DX化を成功に導く:中小製造業における経営者の役割と現場の力

筆者紹介 片岡 晃(かたおか あきら)氏

片岡 晃 デジタル・クロッシング・ラボ 代表
筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください。