【連載】ものづくり教授の現場探訪 (第14回)

 これまでに4,000を超える工場の現場を訪問してきた中小企業のものづくりのスペシャリストによる連載コラムの第14回です。本連載では、日本の町工場のものづくりの現場を分かりやすく解説します。
 解説は、政策研究大学院大学 名誉教授 橋本 久義 氏です。

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(本コンテンツの著作権は、橋本 久義 様に帰属いたします。)

【第14回】ベルニクスの高信頼性電源と新領域への挑戦

産業インフラを支える電源メーカー

 株式会社ベルニクスは、埼玉に本社を置く産業機器向け電源メーカーだ。医療・情報通信・制御・発電・計測・航空・鉄道・信号など人が生活する上で欠かせない産業インフラを支える電源の開発・製造・販売を行っている(写真1)。近年は、電源装置のみならず、ワイヤレス給電機器の開発にも注力しており、新たな分野への挑戦を続けている。

写真1 社会インフラを支えるベルニクスの電源

創業の原点――逆境からの出発

 株式会社ベルニクスは、鈴木正太郎現会長が1978年に創業した。
 鈴木会長の父は、170名ほどの従業員をかかえる企業を経営しておられ、鈴木会長は大学卒業後直ちに入社したのだが、何と彼の入社直後に父が亡くなった(写真2)

  写真2 左:鈴木健一郎社長、右:鈴木正太郎会長

 「父親は統率力のある立派な経営者だったと思います『一芸に秀でよ』『木刀一本でも天下はとれる!』が口ぐせでした。順次帝王教育をして、私に引き継いでゆくつもりだったのだろうと思いますが、突然急逝してしまって、それができなかった。さぞかし心残りだったと思います」と鈴木会長。
 番頭さん格の人が「正太郎君は若いし、まだ入社したばかりだから……」と鈴木会長は専務取締役という役職になった。しかし専務は名ばかりで、経営内容はほとんど伝えられず、そのうち、陰に陽に社長を中心にした経営陣による意地悪がしかけられ、とうとう我慢の限界に達して、新たにベルニクスを創業した。元の会社にいた24人が血判状を書いて創業に参加してくれたのが何よりうれしかったと鈴木会長。
 「父の言葉もあり、創業時から『目標は世界初、世界極小、世界最高速、そして高い信頼性と安心。事業戦略は、選択と集中によりその分野でナンバーワンを獲得する』としました」 鈴木の鈴を英語にしたベルとエレクトロニクスを組み合わせてベルニクスと命名した。

社会インフラを支える企業――卓越した技術力

 ベルニクスの主戦場は直流電源だ。といってもパソコンの電源のような大量生産品でなく、航空機用、医療機器の画像診断装置用、原子炉の制御棒駆動装置用等極めて特殊な電源だ。新幹線や列車で使われているATS、ATC用の電源は、人命に関わる社会インフラを支えている。スイスの欧州原子核研究所(CERN)で使われる素粒子研究用高圧電源(写真3)もベルニクスが供給した。

写真3 素粒子研究用高圧電源

 ボーイング787のビデオシステムの電源は、当時、ビデオシステムを開発しているメーカーがアメリカ製の電源を使っていたが故障が多く困っていたところをベルニクスの電源に換えたところ故障が無くなったと担当者も大喜びをしたという。ベルニクスの電源は品質の良い点と電源の寿命が長い点などが、ボーイング社に評価され信頼を獲得したようだ。

世界一、日本一を目指す

 ベルニクスの電源は色々な分野に使われている。
 たとえば、超音波診断装置の画像処理用の電源は約30%のシェアを持ち、コロナ禍後も医療分野で今後の急速な市場拡大が予想され、ベルニクスの戦略分野の一つだ。また、原子力発電の制御棒用の電源は約60%のシェアだ。かって2011年の東日本大震災後の携帯電話網復旧の時は、復旧用電源の増産協力で不眠不休に近い形で努力したという。携帯電話基地局向け電源「POL(Point Of Load)コンバータ」(写真4)も大きなシェアを占めている。一つ一つの製品の出荷量は100~1,000個ほどの単位のため、年商は数十億円足らずだが、「世界一」「日本一」という称号には事欠かない。

写真4 EDN Innovation Awardsの電源部門でグランプリ受賞したPOLコンバータ

 鈴木会長の戦略は明快だ。「電源市場の規模は世界で数十兆円、日本で数千億円。敵を知り、己を知り、価格競争を避け、儲かる商品を見つける。日本ではニッチでも、世界で売れば決してニッチではない。選択と集中は織田信長の桶狭間の戦法と同じだ。少ない兵力でも狭いところに誘い込めば相手が大軍でも勝てる。最も重要なことは敵の首級をあげること。つまり世界一になることだ」(鈴木会長)ベルニクスは、とにかく1位にこだわってきた。顧客企業が意識するのは首位メーカ一で、トップメーカーとして名前が通れば、商談も舞い込みやすくなると確信しているためだ。

 「1位と2位、3位はまったく違う」(鈴木会長)
 いずれも市場規模はそれほど大きくないし、原発関連には逆風も吹くが、鈴木会長は気にしない。 ベルニクスが優位に立っているのは、高電圧を扱う電源や、ノイズの発生が極めて少ない電源を開発し、しかも劇的に小さくしたからだ。情報機器や工場で使う制御機器向けの電源は競争が激しいが、航空、医療等の特殊な分野は参入が少ない。

 顧客の仕様に合わせた特注品に狙いを定めているが、特注品は注文のばらつきが大きく、繁閑の差が大きい。当然ながら「工場の安定生産を維持できるのか」という疑問が浮かぶが、同社の生産金額の93%は上場企業や海外企業も含めた複数のEMSメーカーに製造を委託しているのだ。自前の工場はあるが、開発や試作に専念しており、実は限りなく「ファブレス(工場なし)」に近い。提携会社は数十社、うち五社は上場会社。他社の生産設備を利用すれば、その分、設備投資費用を研究開発にまわせる。ベルニクスの社員の三分の一は技術者だ。

 この体制はベルニクスの創業期から続くもの。同社は鈴木会長を含めた電源メーカーの設計・開発者たちが中心になって立ち上げた。当時は「みんな図面は書けるけど、工場も腕のいい職人もいない」(鈴木会長)という状態だった。苦肉の策で生産委託に踏み切ったが、今では「選択と集中」という戦略の根本となっている。

新たな分野への挑戦――電動アシスト自転車とワイヤレス給電

 最初に新たな分野に挑戦したのは電動アシスト自転車だ。電源とは違った分野だが、手掛けはじめたいきさつはこうだ。
 ベルニクスがドイツ・ミュンヘンの展示会「エレクトロニカ」を視察した折、鈴木会長(当時社長)が顧客と交わした雑談の中で、子供を自転車に乗せて送っていく時の電動アシスト自転車は、24インチや26インチと車高が高く、転倒すると危ないという話があり、それについて考える中で閃いたという。

 当時の電動アシスト自転車が危ないのは子供の座っている位置が高いからで、子供の座る位置を低くすればより安全になるのではないかというわけだ。
 そこで日本に帰って、設計をしてみたところ、子供の頭の位置が地上80センチほどになる理想的な電動アシスト自転車が完成した。これなら倒れても大怪我をしにくいことが分かり、早速、電動アシスト自転車の開発に着手し、子供や高齢者にやさしい、電動アシスト自転車(写真5) が出来た。

写真5 電動アシスト自転車


 そんな理由で生まれた電動アシスト自転車を販売し始めると今度はシェアサイクルのバッテリー充電に関する問題を顧客から相談された。野外では漏電・感電問題が有り、コンセントは使えない。そこで産業機器で使われ始めた新しい給電方式「ワイヤレス給電」を使えば野外で安全で充電が可能となると考えた。自転車の前かごの受電ユニットにワイヤレス給電の送電ユニット(写真6)をはめ込むと、自動的にワイヤレスでバッテリーに給電され、いつでもバッテリーがフル充電した状態で利用できる世界初のワイヤレス給電機能付の電動アシスト自転車の誕生である。
 このワイヤレス給電ユニットは大学との共同研究で生まれた。「顧客の声、市場の困り事に世界初の種がある。その声こそがベルニクスのイノベーションの原動力です。」と健一郎社長。

写真6 ワイヤレス給電ユニット

情報整理学と経営哲学

 ところで、鈴木会長は独得の情報理論を実践している。
 若い頃からA5版のカードに様々なことをメモし、整理してきた。現在そのカードが約6万枚に達すると言う。
 「必要なときにカードをテーマごとに並べれば、簡単に一冊の本が書けます。現在まで数十冊の本を執筆しましたが、みな、このやり方です」 その情報整理学は独得で、この十数年日本大学で客員教授として1年間の授業を受け持っている。出版した本は「オンボード電源の設計と活用」の専門書などだ。

 「我が社の社是は『夢と創造そして愛』です。目標を明確にするとやるべき仕事が見え、厳しいときも頑張れる。目標がある会社は輝いて見える。アポロは飛行機を改良して月に行けるようになったのではない。『月に行こう』という明確な目標があったから、月に行けた。ニュートンはいつも重力問題を考えていたから、リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見した。目標や課題のない人は、どんな現象を見ても、新たな発見につながらない。

 また企業のプレゼンテーション力も非常に大事です。アップルのスティーブ・ジョブズがポケットから新製品をとり出すと、その日のNHKニュースがとりあげてくれる。これこそが究極のマーケティング力です。メディアがタダで宣伝してくれる。我が社も技術開発も世界最先端を狙いますが、プレゼンも頑張ります」と鈴木会長。

MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)

 健一郎社長は2016年に社長を継いだ。最初に取り組んだのはMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)の構築だ。「企業も明確なMVVを持つべきです。」と鈴木社長。これは企業の存在意義や目指す方向性、行動指針を示す重要なフレームワークであり、企業が社会に対して果たすべき使命や価値観を明確にし、組織全体が一体感を持って目標に向かう。これにより、従業員の働き・行動は違ってきてブレない組織作りにつながる。

社内でスタートアップを設立――POWER SPOT®

 次なる挑戦として、社内でスタートアップ「株式会社ベルデザイン」を設立した。
このベルデザインは、「100年変わらない電気の配り方を進化させ、新しいライフスタイルを提供する」をコンセプトに、ワイヤレス給電技術による新しい電源供給インフラの構築を目指している。ワイヤレス給電は無接点な為、漏電や劣化の恐れが無く長期的に使え、産業界ではすでに医療機器や産業用ロボットなどに普及している。

 そこで同社が開発したのが、対応機器を置くだけで給電できるワイヤレス給電システム「POWER SPOT®」である。自宅や駅、職場、ホテル、街中のベンチなど、さまざまな場所にこの装置を埋め込めば、いつでも手軽に給電が可能となり、充電器やケーブルを持ち歩く必要が無い。「POWER SPOT®」は、送電側の装置であるPOWER SPOT HOME(写真7)と、受電側の製品で構成されている。受電側の一例が、タンブラー型の製品POWER SPOT MUG(写真8)である。このタンブラーを送電側の装置に置くだけで、飲み物を好みの温度に保ったまま保温することができる。また、送電側の装置に置いたシリコンボール(写真9)を回転させると明るさが変化する仕組みも備えている。これらはいずれも、同社が強みとするワイヤレス給電技術を日常生活に応用した例であり、「置く」という自然な動作の中で、電力を活用できる。
 ※送電側装置である POWER SPOT HOME の上に置いて使う、触って操作するためのアイテム

 写真 POWER SPOT HOME
写真8 POWER SPOT MUG
写真9 シリコンボール

 「電気製品にはコードがつきものでしたが、コードに引っかかったり、もつれたりして面倒でした。ワイヤレス給電は”場所を選ばない家電”として新しい可能性を秘めていると思うんです」と語るのは同社の鈴木社長だ。ワイヤレス給電システムは無線で電気を供給するもので、昔から言われていながら、なかなか実用化には至らなかった。それを実用化までこぎ着けたのが電源メーカーのベルニクスだ。昔から電源を手掛け続けてきた同社ならではの開発力だ。 将来はいわゆるスマートハウスの中核機器として、様々な機器への給電にもこのワイヤレス給電を活用していこうと夢をふくらませている。

 「多様な高付加価値製品の開発と販売、多様な市場での基盤強化を図り、多様なお客様で成長の安定性を図る。ワイヤレス給電、電動自転車などの新規ビジネスを立ち上げることで、当社で働く若者のモチベーションは非常に高い。外部委託生産をするとノウハウが流出し、他社がマネするのではないかと心配する人がいますが、常に半歩先を行き、ナンバーワンの技術を確立していきますから大丈夫です。」と、鈴木社長は自信に溢れている。

―――ベルニクスの挑戦は、これからも続く。

これまでのコラム

第1回 日本の町工場は人材育成工場
第2回 継ぐ者、継がれる者
第3回 会社を成長に導く社長の共通項とは
第4回 伸びる会社の社長は他人の能力を正しく評価し、活用できる
第5回 たった一人の板金工場から、革新的なアイディアと技術力で急成長を遂げ、その後、ものづくりベンチャーの援助に汗を流し続ける町工場の社長=浜野慶一さん
第6回 発明王 竹内宏さん
第7回 水馬鹿になって安心な水つくりに取り組む 桑原克己さん
第8回 大森界隈の名物会社 金森茂さん
第9回 夢を描き、進化させる 田中聡一さん
第10回(前編) 母から娘へ、技術と理念を繋ぐ-小松ばね工業(株)
第10回(後編) 母から娘へ、技術と理念を繋ぐ-小松ばね工業(株)
第11回 逆境を跳ね返す ものづくりの情熱 細貝淳一さん
第12回 笑顔と絆で育む、井上鉄工所の挑戦
第13回 技術と共創で時代を切り拓く ― 東尾メック(株)の挑戦と進化

筆者紹介 橋本 久義(はしもと ひさよし)

政策研究大学院大学 名誉教授

筆者紹介の詳細は、第1回をご参照ください