【連載】ものづくり教授の現場探訪(第1回)

 これまでに4,000を超える工場の現場を訪問してきた中小企業のものづくりのスペシャリストによる連載コラムをスタートします。本連載では、日本の町工場のものづくりの現場探訪を分かりやすく解説します。
 解説は、政策研究大学院大学 名誉教授 橋本 久義 氏です。

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(本コンテンツの著作権は、橋本 久義 様に帰属いたします。)

第1回 日本の町工場は人材育成工場

 毎週必ず工場を訪問する。と決めてこれで36年、現在まで4,127工場を訪問した。
 今も飽きずに工場訪問を続けているのは中小企業の経営者の方々が、愉快で、活気に満ち溢れ、魅力一杯だったからだ。 最初なぜ揃いも揃って、こんなに魅力的な人達ばかりなのかわからなかった。しかし、たくさん回っているうちになるほどと納得した。

 一流の大企業なら、ほっておいても優秀な人材が集まって来る。ところが、中小企業はそうはいかない。たまたま集まった決して「粒ぞろい」とは言えない人材を、教育し育て上げ、やる気にさせるためには、オヤジに仁徳が無いといけない。経営陣に仁徳が無い会社は、従業員が引き留められない。そればかりでない。オヤジに仁徳がないと親会社も注文を出さない。銀行も金を貸さない。オヤジの個人的魅力と信用がない会社は、とっくに潰れてしまっている。だからこそ、中小企業の経営者は魅力一杯なのだ。
 そして素晴らしいのは、そのオヤジの仁徳で人材が育っていくことだ。決して「意欲的」とはいえない人材が中小企業に入って、教えられて、うまいこと出来て賞めらて、失敗して怒られて、脅されたり、すかされたりしながら、だんだん「効率80%」の人材に育っていく。そして重要なのはその「効率80%」が、次に入ってきた人材を「オヤジといっしょに頑張って、うちの会社を地域一番にしようじゃないか!」と励まし、教育し、いつの間にか効率80%に育て上げてしまうことだ。(有名な京都のA社の技術部長、営業部長、経理部長は、3人とも暴走族の幹部だったとか……)こんなシステムが成り立っている国は世界中どこにもない。

 更に従業員に親孝行教育をしている会社もある。姫路のB社は従業員が盆暮れに故郷に帰るときに紙を渡し、それを両親の前で読むことを義務付けているという(録音が義務)。「社長に言われたので、この紙を読みます。おとうさん、おかあさん、今まで私を育ててくださり、有難うございました。私は今、姫路のB社で元気に働いています。今までのご恩返しに、心ばかりの品物を買って来ました。どうぞ受け取ってください」
 ここで働いている子供達は概して言えば学校では「荒れた」生活を送ってきている。だから、優しい気持ちでおみやげを買って帰っても、照れくさいばかりに、両親に「ほらよ!」と投げて渡すような子が多かった。
 しかし、社長の命令では仕方がない。きちんと挨拶をせざるを得ない。これで、御両親からの感謝の手紙が絶えないという。

 日本の町工場は人材育成工場でもあるのだ。

筆者紹介 橋本 久義(はしもと ひさよし)

政策研究大学院大学 名誉教授



【略歴】
昭和44年 東京大学工学部精密機械工学科卒業
  同 年 通商産業省(現 経済産業省)入省
昭和62年 通産省機械情報産業局 鋳鍛造課長
平成元年 同 中小企業庁 技術課長
平成3年 同 立地公害局 立地指導課長
平成5年 同 工業技術院 総括研究開発官
平成6年 埼玉大学 教授(政策科学研究科)
平成9年 政策研究大学院大学 教授

【著書】
「町工場(まちこうば)」の底力 -日本は俺達が支えてきた- (PHP研究所、1998年)
「IT時代を切り拓く女性起業家達」(日刊工業新聞社、2001年)
「町工場(まちこうば)が滅びれば日本が滅びる」(PHP研究所、2002年)
「中国ビジネスに勝つ情報源」(加賀谷貢樹著 橋本久義監修)(PHP研究所、2004年)
「町工場こそ日本の宝」(PHP研究所、2005年)    
 知っておきたい「放射能と原子力」(ローレンスムック、2011年)
「中小企業が滅びれば、日本経済も滅びる」(PHP研究所、2012年) 等