縫製工程の自動化に向けたCADデータ活用に関する戦略策定
委託先団体: 一般社団法人日本縫製機械工業会
1.事業概要
本戦略策定事業は、国内縫製工場の特に自動化が遅れている縫製工程のうち、デジタルミシンがCADデータを共通に取り込める「共通フォーマット」を策定し、熟練オペレータの技能代替を実現するものである。このため、熟練オペレータによる縫製作業が必要な婦人服の「イセ込み縫製」(注1)を対象に実証検証する。これにより、「共通フォーマット」を活かした生産方式の導入効果を検証し、その利便性や効果をアパレル企業、縫製工場に啓蒙普及することで業界としての認知を図る。 (注1) 長さの異なる2枚の平面的な生地を立体的に縫製する方法の一つ。
2.事業の目的
2-1. 本テーマの背景・必要性
現在日本では、販売されるアパレル製品の98.5%が海外で生産されており(日本繊維輸入組合「日本のアパレル市場と輸入品概況2023」)、この海外依存の生産は、①製造原価を下げるために大量の見込み生産を行い、②それによって大量の過剰在庫が発生し、③結果、大量の衣料品の廃棄を招く、というアパレル産業の抱える「廃棄物問題」の構造的な要因にも結び付いている。
その解決策として議論されているのが、アパレルの生産を消費者に近い国内での生産に戻すことであるが、コストの面では、海外における人件費の上昇と為替の円安で国内生産の可能性は十分にでてきているものの、肝心の国内で生産する人材の確保が難しい状況にある。特に付加価値の高い衣料品を生産する技能を持ったオペレータの確保が難しい状況となっている。
そのため縫製工程は、紙の縫製仕様書による情報伝達と、熟練オペレータの技能でそれを補っている。熟練オペレータを増やすことは既に出来ないため、このままでは消費者に近い国内で縫製を復活することも出来ない。これを打破するには、CADにある設計情報と、縫製を行うデジタルミシンを繋げ活用することによって、熟練オペレータの技能に頼らない生産を行うしかない。
この生産方式確立の大前提として、ものづくりに必要なすべてのプロセスにおいて、必要な情報が繋がっていなければならない。
2-2. 社会導入・事業化を狙う対象領域
国内縫製工場における縫製工程を対象とする。効果確認は、日本のアパレル生産の中でも最も多くの販売額を占める婦人・子供服小売業(2020年経済構造実態調査(甲調査)によれば、販売額は4.3兆円)の中から婦人服とし、その縫製工程において高度なオペレータの技能を必要とする「イセ込み縫製」を具体的な対象とする。
2-3. イノベーションの目指す姿
業界の目指すイノベーションの最終イメージは、消費者と生産者を結ぶ全てのサプライチェーンを情報で繋げ、個々の消費者の欲しいデザイン、生地、色、サイズ等がカスタマイズされた商品を量産品と同じような効率で生産し、提供されるアパレル生産の仕組みの構築である。そのためには、全ての工程を情報で繋げる必要があるが、現在はまだ生産現場の縫製工程では、CADとミシンの間の情報が繋がっていないために、設計情報であるCADデータを縫製工程で活用出来ていない。その第一歩としての取り組みが、そのデータの受け渡しに必要となる「共通フォーマット」の策定となる。
3.事業の内容(実施事項)
3-1. 市場・ユーザのニーズ・評価を捉えるための実施事項
縫製工場から、デジタルミシンの利用状況、イセ込み縫製の難しい点、試作機を使った熟練オペレータの技能代替への期待とイセ込み縫製の難しい点の改善等についてアンケートを実施した。
3-2. 技術的な課題、機械システム構成・開発上の課題への対応、目標達成のための実施事項
(1)主要なミシンメーカ(本縫いメーカおよび環縫いメーカ)およびCADメーカに加え、アパレル、副資材メーカの技術者による検討を行った。各社ミシンの技術情報や特性を元に、ミシン縫製の分類を行い、その内、イセ込み縫製に必要なCAD保有のデータやその量を抽出するとともに、今後の縫製工場の通信基盤を整備しIoT化を推進するためのミシン固有情報を加えて「共通フォーマット」を策定した。
(2)熟練オペレータによるイセ込み縫製とイセ込み縫製対応可能な試作機を使った非熟練オペレータが、それぞれ3種類の縫製技能試験のパターンを対象に縫製難易度を考慮して複数の生地で縫製精度、縫製時間の実証検証を行った。
なお、実証にあたり、3種類の縫製パターンそれぞれの素材情報を予め実測し数値化して、補正データとして活用した。また、縫製精度や縫製時間の検証のため、上下差動送りのデジタル制御試作機の開発とイセ込み縫製作業内容の調査を基に、精度検証と作業時間の実測を行い比較検証した。
3-3. 社会導入・事業化に向けた実施事項
モデル縫製工場で実証検証を行った。生地特性や地の目の変動要素をデジタルミシンにどのように反映するかという課題に対して、今回の実証では予め生地特性や地の目の変動要素を補正データで修正することで試作機に反映した。
更に、従来は、左右の身頃で縫う向きは逆にしているところ、同一方向で縫製できることも確認した。
4.主要成果
4-1. 市場・ユーザのニーズ・評価
実際に試作機で縫製を行ったオペレータから、イセ込み縫製では、自分で調節しなくてもいいので楽、縫い上りがぴったり合えば革命的、との感想があった。また、このようなミシンを今後使ってみたいか、については、イセ込みの確認や計算する時間、練習時間の短縮に繋がり、どんどん使いたい、と好意的に捉えていただいた。
4-2. 技術的な課題、機械システム構成・開発上の課題及び達成目標に対して得られた成果
「共通フォーマット」について、縫製機械業界初の試みとして32項目の定義で合意したが、生地情報、糸張力については、課題を残した。
実証における縫製作業時間を比較すると、熟練オペレータは、従来機の方が良い結果であったが、非熟練オペレータは試作機の方が良い結果となった。特に試作機では縫製回数が増え習熟が進むにつれ、熟練オペレータと非熟練オペレータの差がなくなってきており、アパレルCADデータ(合わせ縫いの区間数や区間毎の縫い長さ)やミシン動作設定情報をインプットした試作機により技能の代替が図れたと言える。
4-3. 社会導入・事業化に向けた課題へのアプローチ、普及戦略
今回の実証では、熟練、非熟練オペレータの対象者は各1名、実証の回数も1回のみであり、実証結果の分析・考察を行う上で、十分ではない。このため、今後、実証により被験者や実証データの数を更に増やしていく取組み、生地特性に関するデータを集約していく取組みを縫製工場単位で進めていく必要がある。
5.今後の展開(活動予定)
5-1. 狙う市場、経済性、普及に至るための環境整備
日本のアパレル生産の中でも最も多くの販売額を占める婦人・子供服小売業のうち、その縫製工程において高度なオペレータの技能を必要とする「イセ込み縫製」の必要性が高い婦人服等の縫製工程への導入を対象とし、「共通フォーマット」の活用事例を増やすとともに、デジタルミシンの更なるレベルアップが必要である。
5-2. 社会導入に向けた活動予定
消費者と生産者を結ぶ全てのサプライチェーンを情報で繋げ、個々の消費者の欲しい商品を量産品と同じような効率で生産し、提供されるアパレル市場の創出を目指すため、工業会内に「共通フォーマット」検討の場を設置し、その利用促進や見直しを図っていく。
6.お問い合わせ先
イノベーション戦略策定事業全般:(一財)機械システム振興協会
本事業の詳細: 一般社団法人日本縫製機械工業会
URL: https://jasma.or.jp
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