令和5年度 機械システム研究会(第2回)~物理エネルギのバイオ医療応用 および 高速度イメージングの展望~

1. 開催概要

開催趣旨

 昨今、AI、5G などの導入、流通・サービス等の機械化・ロボット化、産業のデジタルトランスフォーメーションなどの技術革新やカーボンニュートラルへの取り組みなどが進みつつあり、我が国の技術及び経済社会は大きな変革期を迎えています。
 本研究会では、最新の機械システムの技術トレンドやデジタル活用の動向、注目すべき内外の動きなどについて共有し、意見交換を行うことを目的として、有識者の参画のもとにテーマごとに各分野の専門家を招いて講演いただいた後に議論を行います。

開催概要

開催日時:10 月6 日(金)
場所:日本自動車会館 会議室
講演テーマ: 物理エネルギのバイオ医療応用 および 高速度イメージングの展望
講師: 中川 桂一 東京大学 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻・精密工学科 准教授


2.講演サマリー

 講演の前半では、光や音などの物理エネルギに基づくバイオ・医療応用について、現状と講演者の技術、そして今後の展望について議論します。従来技術は光・超音波・X線など各物理エネルギを用いた様々な研究開発が縦割りに行われてきましたが、それぞれの技術の限界から、今後は複合的な利用が大きなポイントになることが予想されます。一つの例として、講演者が開発した、生体内の光伝播を音場で制御する技術を紹介します。

 講演の後半では、高速度イメージング技術について、現状と今後の展望について議論します。物理エネルギと生体の相互作用は極めて短い時間で起こりますが、このような高速現象を捉える技術が不足していました。そこで、講演者は電気デバイスの撮影速度を大幅に超える、全光学的な超高速イメージング法を開発しました。本技術の紹介と、高速度イメージングが大きな転換にあることを紹介します。

[1] バイオ・医療分野における物理エネルギの利用

 光(ここでは可視光および近赤外光を指します)や超音波、放射線など、様々な物理エネルギがバイオ・医療分野で活躍しています。エネルギの高いほうから、ガンマ線を用いたPET(Positron Emission Tomography、陽電子放出断層撮影)、X線を用いたX線CT(Computed Tomography、断層撮影)、光を用いた光学顕微鏡、超音波エコー検査などが挙げられます。これらの物理エネルギと生体との相互作用がそれぞれ異なるため、特徴的な性質が現れます。光は化学結合や水素結合、分子の振動や回転のエネルギと同等のエネルギを持つため、様々な生体分子・薬剤を励起することが可能ですが、その大きな相互作用の結果として生体深部には届きません。これは医療において大きな障壁となる場合が多くあります。

[2] 音響光導波技術

 講演者は生体内に非侵襲的に音場を形成し、光を導波する技術を開発しています。生体内では光は吸収または散乱されながら伝播します。特に散乱の影響は大きく、散乱による光路長の増大が、浅い部位での吸収の増大をもたらします。一方、我々が遠くに光を届けるときに用いるのが光ファイバです。例えば、光ファイバの断面の中心に向かうにしたがい屈折率が高くなる「屈折率分布型光ファイバ」があります。光は屈折率の高いほうへと曲げられ伝播しますので、高屈折率の部分に光が閉じ込められているような状況が生まれます。このような状況を、超音波や衝撃波を用いて組織内で作り出し、光を導波するというアイデアを提案し実現しました(図1)。この方法は生体に物理的に光ファイバを刺入するわけではないので低侵襲な方法です。なお、当研究室でも世界的にも導波効果が実験結果として得られている状況ですが、具体的な導波メカニズムはまだ明らかにはなっていません。まさに今、研究がなされているところです。

図1 提案手法:音波による光導波
音波で生体に光学変調を起こし非侵襲に光導波

 提案手法を検証するために、生体の散乱特性を模擬したサンプルを用いた実験を行いました。大きな光学パラメータ勾配を実現するために、本手法ではパルスレーザを用いた音場形成を行いました。パルスレーザをサンプル周りに同心円状に照射することで、同心円状の音源が生成されます。内側へと伝播する衝撃波がサンプル中心で線集束することで、図1に示した光学変調を実現します。可視化されているのは、奥から手前へと進む照明光のふるまいです。提案手法により、透過率が向上し、光が60µm程度に局在しました(図2)。

図2 原理実証:光の透過率向上と局在性(約60µm)を実現

A. Ishijima et al., Opt Lett(2019)

 光の透過率向上は、サンプルの厚みや散乱体濃度を変えた条件においても確認ができました(図3)。また、動物の脳サンプルを用いた実験においても、透過率の向上の程度は落ちるものの、光導波の効果が確認されました。なお、この時の衝撃波の集束点におけるピーク圧力は、生体に損傷を与えないといわれている数MPaでした。

図3 基礎評価:提案手法による光透過率向上

A. Ishijima et al., Opt Lett (2019)
生体の光学散乱特性を模擬したイントラリピッド内包ゲルファントム

(a) 非線形音波による瞬間的な透過光の上昇

(b)イントラリピッド濃度を変えた時の光の透過率の上昇


(c)サンプルの厚みを変えた時の光の透過率の上昇

 この技術は、生体深達度の高い超音波や衝撃波により、生体深達度の低い光をより深くまで届ける手法となります。このような物理エネルギの組み合わせは、バイオ・医療技術をより拡大したり、まったく新しい技術を創成したりする可能性を持ちます。

[3] 超高速イメージングSTAMP

 [2] 音響光導波技術では、生体と超音波・衝撃波の相互作用を用いて光を深部に届ける技術を紹介しました。ところで、超音波と衝撃波は生体、特に生体の基本単位である細胞とどのような相互作用をしているのでしょうか。その作用を直接的に観察するため、講演者はSTAMP(Sequentially timed all-optical mapping photography)と呼ぶ撮影法を考案し、実証しました。この方法ではフェムト秒やピコ秒、ナノ秒という超高速現象を、シングルショット(繰り返し撮影を必要としない)で動画像の取得が可能です(図4)。

図4 STAMP:超高速かつシングルショットの可視化技術




K. Nakagawa et al., Nature Photonics (2014)

 例えば、ガラス表面に超短パルスレーザを集光させた際に発生するアブレーション現象を、フレーム間隔15.3ps(65.4Gfpsに相当)で撮影しました。画像を解析すると、発生したプラズマがどのように展開しているかがわかります(図5)。現在は異なる2波長による撮影を行えるイメージング系の開発も行っており、これによりプラズマの電子密度の計測も超高速に行えるようになっています。

図5 撮影例:レーザーアブレーション

K. Nakagawa et al., Nature Photonics (2014)

 さらに、1kHzの繰り返し周波数にて行われるレーザ加工の様子を、すべての加工パルスによって発生するプラズマおよび衝撃波を網羅的に計測する技術も開発しました。これはピコ秒、ナノ秒、ミリ秒の複数の時間スケールをまたぐ撮影となります(図6)。この技術によって、複数の物理現象を互いに関連性をもって解析することが可能となり、かつ、高速にデータを蓄積することが可能です。


図6 マルチスケール高速度イメージング









T. Saiki et al., Sience Advances (2023)

[4] 高速度イメージングの転換

 高速度イメージングは、大変面白い時期にあります。講演者のグループでは光を用いた超高速イメージング技術を開発し、物理限界に迫る撮影速度を実現しています。一方で、イメージセンサの高速化も進んでおり、ナノ秒の現象はいわゆる高速度カメラで計測が可能となってます。日本における高速なイメージセンサの研究開発は世界的にも極めて先進的で、日本で生まれた高速度カメラが世界中の研究機関で用いられています。このような技術の登場により、観察対象にもよりますが、人類史ではじめて「速すぎて見えない」という状況が解消された、ということもできます。高速なものは、まだ誰もが使える技術とは言い難いですが、次第に普及してゆくと考えられます(図7)。


図7 高速度イメージングの普及
「高速性の充実」:ミリ秒からフェムト秒まで、様々な撮影手法が登場

 一方、高速度イメージングの役割も変化しつつあります。高速度イメージングの歴史を紐解くと、動物のふるまいなど人間の目では分解できない高速な動きを知りたい、という知的好奇心に駆動されて技術開発が行われ、利用されてきました。ところが近年では、情報科学の進歩により、人間では処理できないような量のデータの統合利用や、人間では気づけないような情報の抽出、そして人間ではできないような速度での処理が可能となってきました(図8)。時空間的な情報を持つ動画像データは相性がよく、高速度イメージングはこのような観点からも、その応用をますます拡大させることが期待されます。


図8 高速度イメージングの転換
「結果の直接的利用者の変換」:人ではなく機械が解析し利用する

・人の知的好奇心
・(ある程度あたりをつけた)計測による現象の発見や理解

・低速な解析
・大量のデータの把握・理解の限界

・データ駆動科学:多量のデータからの情報の抽出
・その結果を基にした次の計測や解析、動作(アクチュエーション)


・高速な解析
・ビッグデータ解析

3.講師紹介

中川 桂一 東京大学 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻・精密工学科 准教授

【研究分野】
医用工学,精密工学,光工学,音響工学
【略歴】
2009 年3 月 東京大学 工学部 システム創成学科 知能メカトロニクスコース 卒業
2011 年3 月 東京大学 大学院工学系研究科 精密機械工学専攻 修士課程修了
2014 年3 月 東京大学 大学院工学系研究科 精密工学専攻 博士課程修了,博士(工学)
2011 年4 月−2014 年3 月, 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
2014 年4 月−2016 年3 月, 日本学術振興会 特別研究員 (PD)
2015 年9 月−2016 年3 月, Postdoctoral Fellow, Dept. of Chemistry, 米国MIT
2016 年4 月−2017 年10 月, 東京大学 助教,医療福祉工学開発評価研究センター
2017 年10 月−2021 年3 月, JST さきがけ研究員
2017 年11 月−2022 年3 月, 文部科学省 卓越研究員
2017 年10 月−現在, 理化学研究所 客員研究員
2017 年11 月−2023 年5 月, 東京大学 講師,バイオエンジニアリング専攻,精密工学科
2022 年4 月−現在, JST 創発研究者
2023 年6 月−現在, 東京大学 准教授,バイオエンジニアリング専攻,精密工学科