中小企業地域集積のDX化構想フォーラム 2022年度活動報告書

中小企業地域集積のDX化構想フォーラム
~ 燕はどこへはばたくのか ~

2022年度活動報告書

2023年3月
一般財団法人 機械システム振興協会

目次
1.本フォーラムの趣旨
2.新潟県燕地域 これまでの活動と新しい展開
3.燕地域の足元の課題 ~ 製造プロセス等のデジタル化 ~
4.デジタル人材、DX人材の確保・育成
5.デジタル化を超えた「DX化」の方向 ~ 中小企業の地域集積 ~
6.今後のアクションプラン ~ 中小企業地域集積のDX化 ~
7.終わりに
参考文献一覧

1. 本フォーラムの趣旨

(1)機械システム振興協会では2020年度から、最新のトピックについて、専門家を集め忌憚のない意見交換を行うフォーラム事業を実施している。
 2022年度は、新潟県燕市の金属加工企業において、企業が集積としてプラットフォーム作りに取り組み、デジタル化、DX化を目指している事例を取り上げ、この分野の専門家を集め、いわゆる産地のような中小企業地域集積のデジタル化、DX化の方向性を議論することとした。
 フォーラムのメンバーは表1のとおりであり、議論の過程において、2名の講師を招いて議論を行った。

表1:中小企業地域集積のDX化構想フォーラム 委員一覧(順不同)

(2)以下では、本フォーラムにおける議論の内容を説明するが、まず、最初にここでの「DX化」の定義について述べたい。

 今日、DX化という言葉をメディアで目にしない日はないが、DX化という言葉ほど使用する人によってその意味が異なるものもないであろう。例えば、ペーパレス化をイメージする人やセンサによってデジタルデータを集めることを考える人、ビジネスモデルの変革が必要だと考える人など千差万別である。特に、企業であれば実施して当然であるはずの初歩的なIT化をDX化と認識していているケースが多いのである。
 ここに我が国でDX化が今一つ進まない原因の一つが潜んでいるように思われる。
これまで経済産業省の研究会などによりDX化の定義(脚注1) が公表されているが、以下では、あえて厳密さを離れ、

デジタル化とは企業における業務の各プロセスの実行、記録にデジタルデータを使用することであり、DX化とはデジタル化に基づいて従来のビジネスモデルを拡充、変革することを意味する

と定義して議論を進めたい。

(脚注1)経済産業省 デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」(2018年9月7日)では、DXの定義として、IDC Japanが発表した次の定義を用いている。「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」

2. 新潟県燕地域 これまでの活動と新しい展開

(1)燕市金属洋食器産業の歴史と課題
 燕の地場産業は、約400年前の江戸時代初期に、農家の副業として和釘作りが始まったことからスタートする。その後、銅器、やすり、キセルと様々な製品が作られ、1914年に洋食器の見本が作られた時から金属洋食器の生産が開始されるようになる。最初は手作りであったが、機械化やクロームメッキの改良発明などで大量生産、品質向上が進められ、海外向け輸出が大きな市場となった。1926年に設立された燕洋食器工業組合は1992年まで活動を行った。
   
(2)燕市金属加工産業の現状と取り組み
 金属洋食器の製造技術をベースにして金属加工産業が発展してきた燕市であるが、2020年の工業統計調査によると、金属製品の事業所が全体の50%を、製造品出荷額で952億円と全体の22%を占め、日本有数の金属複合加工技術の集積地となっていることが分かる。

 燕の金属加工産業は、これまで通商問題や円高など多くの課題を克服してきたが、現在本格化している少子高齢化の中で慢性的な人手不足、従業員の高齢化に直面しているほか、新興国の追い上げに加え、特に技術の進展の面では金属加工の3Dプリンタの普及が脅威になりうる課題として指摘されている。

 その中で、これまで地域としての事業推進の取り組みが数多くなされてきた。
例えば、標準化の点では、小規模事業所による品質管理規格ISO9001の認証取得が困難であることから、現場管理を中心に抜粋した「TSO」規格を2011年から燕市外部認証として実施しており、2022年度末まで認証を取得しているのは47社となっている。なお、この他に11社がTSOからISOへ移行している(予定を含む)。
 また、燕商工会議所の「磨き屋シンジケート」による共同受注などの仕組みがあるほか、地域の課題に協働して取り組むため2016年には公益社団法人つばめいとが、2020年には株式会社つばめいとが設立された。同社では2020年、コロナ禍で展示会がなくなり、営業機会を失った燕の加工専業企業21社をまとめた金属加工マッチングサイト「FACTARIUM」 (脚注2)を開設している(図1、図2)。

図1:FACTARIUMの仕組み

 このサイトでは、燕に数多くある加工事業所の中から、ISO9001またはTSO認証を取得した企業に限定し、経営者の「想いや熱」を伝えるインタビュー動画を中心に発信しており、各社の営業ツールとしても活用できるようになっている。

図2:「公益社団法人つばめいと」と「株式会社つばめいと」の概要

 また、2017年から燕商工会議所が台湾との連携を模索し始め、その後取引も拡大してきたことを踏まえ、2020年には「つばめいと」として訪台して、現地の各経済団体及び大学と連携を結ぶことを合意し、基本合意書(MOU)を締結した。さらに2022年12月には台北世界貿易センターに「つばめいと(中国名:燕友)台湾オフィス」を開設した。当面はマーケティングや交流の窓口として機能させ、今後の展開可能性を探ることとしている。
 このように、これまで燕地域では、職人技のレベル、高度な加工技術の集積を外に向かって訴求するとともに、共同受注などの仕組みづくりを発展させることも視野に入れつつ、地域として事業推進に取り組んできている。


(脚注2)FACTARIUM:(URL)https://factarium.jp/

   
(3)地域・企業集団としての取り組み実績がある燕地域で、2019年10月には経済産業省の認定を受け、IoT技術等の意識啓発や共用クラウドの開発を目指す産学官金のネットワーク組織として「燕市IoT推進ラボ」が設立された。ここでの検討を受けて、2022年度から地方創生交付金を活用してSFTC(Smart Factory Tsubame Cloud)が燕市の補助事業として実施されている。これはデジタル化、DX化を進めるという観点から、目標を100社として地域に集積している企業を広くデジタル技術の横櫛で繋ぐという燕独自のアイデアであり、それが本格的に稼働した場合の効果、メリットは極めて大きいと考えられる(図3)。

図3:SFTCのキッカケとねらい(燕市のねらい)

出典:第1回中小企業地域集積のDX化構想フォーラム、山後春信委員資料、2022年6月16日

(4)企業にとって、デジタル、IT技術は今や企業経営を進めるうえでの「読み書き、ソロバン」であり、避けて通れないものである。企業活動をデータ化、デジタル化し、蓄積されたデータをもとに分析を行いつつ経営改革を進めていく企業風土を培うことの重要性を認識すべきである。中小企業は大企業に比べIT資源が豊富ではないものの、経営者の決断さえあれば、いわゆる事業部制の縦割りやレガシーとなっている諸制度のくびきを乗り越えてデジタル化を進めることが大企業より容易な場合も多いと考えられる。
       
表2:燕版共用受注システム導入促進補助金の概要

出典:燕市ホームページをもとに作成

図4:経済産業省、新潟県等の取組み

出典:燕市IoT推進ラボ「燕市IoT推進ラボの取組み紹介」

 少子高齢化が急速に進む中、厳しい国際競争の中で我が国金属加工中小企業が生き残る方策として、燕のSFTCモデルを更に発展させることは大いに有望であり、また金属加工に限らず全国の他の企業集積・産地への展開の可能性も考えられる。 

3. 燕地域の足元の課題 ~ 製造プロセス等のデジタル化 ~

(1)SFTCはまだ立ち上がったばかりで、その内容もペーパレスを目的とした受発注システムの段階であり、現状で参加企業は、運用テスト中も含め13社にとどまっている。
 参加企業数が直ちに増えない理由としては、①参加企業がまだ少なくメリットがない、②他社の様子を見ている、他社が入れば自分もやる、③個社ベースのデータ管理にまだ手がついていない等が考えられる。

 今後は参加企業数を増やしていくことが当面の課題である。このためには、参加を決定していない企業へ働きかけて、地域産業としての将来に対する共通認識の醸成、デジタル技術の情報普及、メリットの理解などの課題を地道に解決していくことが必要である。
   

(2)燕企業の現場ニーズとして、SFTCの導入に加え、さらに製造プロセスにおけるデジタル化の導入、特にAIを使った検査作業の自動化が求められている。このため、フォーラムに参加した専門家が示した既存の事例、導入の仕方を踏まえ、燕企業サイドで2022年夏から秋にかけて新潟大学工学部の学生インターン2名を中心に現場での実証試験を行った。この結果、判定作業における基準への一致率の検証により実装への課題を確認するとともに、次のステップとして、「商品タグ(ラベル)の確認」等の簡単な工程から実装を始め、現場社員によって有効性を認識させることとしている。

 このAIを使った検査作業については、フォーラムの議論で、AIで不良を発見するという考え方ではなく、AIには完全に良品というものを判断させ、判断がつかないものを人間が処理するという仕組みの方が効率的であるとの指摘もあった。

 また、フォーラムの中で東京都の墨田加工株式会社による導入費用15万円、導入期間70日、社内IT人材ゼロでのAI外観検査導入事例が紹介された(図5)。

図5:外観検査導入事例  墨田加工株式会社

出典:経済産業省「AI導入ガイドブック 外見検査」(2021年3月発行)www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/AIguidebook_gaikan_furyo_FIX.pdf(注)第3回中小企業地域集積のDX化構想フォーラム資料

 さらに、燕地域では職人技をビデオにとって、若い技術者の研修に使うことが既に行われており、このように暗黙知を形式知にすることにより技術の伝承を図る努力を更に発展させ、画像からの動作分析により一部の人間作業を機械化、ロボット化につなげることも可能となるだろう。

(3)この他に、製造プロセスのデジタル化として一般的に考えられるテーマは以下のとおりである。

① 図面、CADデータの管理システム
② 金型管理システム
③ 生産データ管理システム(工数、待機時間等をモニタやスマホに送信)
 例えば、東京都の株式会社今野製作所では見積り連携システム、工程進捗情報連携システム、顧客ポータルシステムを連携させたシステムを作り運用している(図6)。

図6:どこをつなげたか?

出典:平成28年度IoT推進のための社会システム推進事業(スマート工場実証事業)成果報告会、株式会社今野製作所 発表資料P.13、2017年5月30日

④ 工具摩耗判定支援システム
⑤ タイミングや温度管理など職人の勘に頼っていた作業をAIにサポートさせ、職人の技をデジタル化
 例えば、静岡市の駿河精機株式会社ではAIを活用した最適加工条件の自動生成を行っている(図7)。

図7:駿河精機株式会社におけるAIを活用した最適加工条件の自動生成事例

出典:平成28年度IoT推進のための社会システム推進事業(スマート工場実証事業)成果報告会、駿河精機株式会社 発表資料P.5、2017年5月30日

⑥ AIを使った設備保全、故障の事前察知システム
 愛知県の小島プレス工業株式会社のグループ会社である丸和電子化学がIoTツールで収集した情報の解析について図8の事例を公表している。

図8:「IoTツール」で収集した情報の解析事例

出典:平成28年度IoT推進のための社会システム推進事業(スマート工場実証事業)成果報告会、小島プレス工業株式会社 発表資料P.18、2017年5月30日

⑦ AIによる需要予測システム など

 燕で工場見学をされた早稲田大学藤本教授は、フォーラムの講演の中で、情報の流れを大事にする協働型スマート工場の目指す姿として、「流れ」がすべての関係者に一目瞭然となるCPS(脚注4) アニメーションを提示された(図9)。

図9:協働型スマート工場のデジタルツイン

出典:第2回中小企業地域集積のDX化構想フォーラム、藤本隆宏教授資料、2022年8月1日


 この他にも、製造業へのIoT技術の導入については、数多くの事例や検討結果がまとめられており、その分かりやすい一つの例が表3のような整理である。

表3:製造業でIoTによってできること

出典:松林光男監修、川上正伸、新堀克美、竹内芳久編著「イラスト図解 スマート工場のしくみ-IoT、AI、RPAで変わるモノづくり-」、日本実業出版社、P.123 をもとに作成

 なお、現在、燕地域では顧客企業からの4M+1E(Man、Material、Machine、Method、Environment)やCE(Copy Exactly)に関する要求への対応に苦慮している企業もあるが、今後、生産プロセスのデジタル化が順次導入されていけば、データ要求への対応も容易になっていくと期待される。ただ、オープンにできるデータとできないデータの峻別、競争力の源泉となるデータの保持は企業戦略上極めて重要であることを忘れてはならない。

(脚注4)CPS:Cyber-Physical System:AI、ビッグデータ、IoT、5Gなどのサイバー空間とフィジカル空間とを融合させるシステム(出典:経済産業省:「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会報告書(Ver.3)」、2022年1月31日)

(4)燕企業にとって今後デジタル化を進めていく上での最も大きな課題は、デジタルの分かる人材が不足しているということである。

 燕地域では、まだまだデジタル化をこれから考えようという企業が多く、この分野での新卒市場の需要は大きくなっていない。このため、地元出身の学生であっても、デジタルの知識を生かせる就職先として燕企業が選択肢に入っていないのが現状である。

4. デジタル人材、DX人材の確保・育成

(1)いわゆるデジタル人材については、これまでも各方面でその育成の必要性や人材の東京一極集中が指摘されており、地方における人材の確保が大きなボトルネックになっていると指摘されている(図10)。

図10:IT技術者数と割合(都道府県別)

出典:若宮健嗣「デジタル人材の育成・確保に向けて」、第3回デジタル田園都市国家構想実現会議 資料7、令和4年2月4日

(2)フォーラムの議論では、図10にあるIT技術者はいわゆるITベンダーや企業の情報システム関連部署の専門技術者を指しており、中小企業の現場で求められる「IT人材、デジタル人材」とは異なることに留意すべきであるとの指摘があった。

 中小企業の現場で求められる人材は、現場実務経験を持ち、実務作業をデータ化(デジタル化)して解析し、いかに効率化できるかのアイデアを生み出せる人材である。その際に、パソコンやExcelなどのアプリ操作の知識と経験が重要な要素となる。
 特別なプログラム作成やシステム構築の能力は必要なく、そういった仕事を外部に発注出来る能力があればデジタル化は進められる。

 経営者は、デジタル化、DX化と聞いたときに不必要に身構えることなく、今どきの若手従業員、デジタルネイティブであれば社内に人材候補は沢山いると考えるべきである。

(3)現有の社内人材の活用を考える時、まず社内事情を熟知した社員、正確な計数管理を担当している財務経理担当社員がデジタル技術を使って社内業務の効率化の工夫をすることが一つの手っ取り早い解決策になる。特に経理の分野は、その性質上数字、データを取り扱う部署であり、企業のデジタル化を進める最初の入り口として有望であろう。ここにデジタル人材の候補者がいることに留意すべきである。

 しがらみのない若手社員にデジタル技術を習得させつつ、日常業務へのデジタル技術導入を検討させることも有効であろう。 もちろん、その際、経営者の全面的バックアップが必要である。
 経営者は決して丸投げしてはいけない。デジタル化に向けた関心、熱意を常に示すことが必要であり、デジタル化の社内調整を進める上でこの若手人材を孤立させてはいけない。

 やみくもに外部人材を求めることは、場合によって遠回りになる可能性がある。
前述したように、内部業務がよくわかり、デジタル上の課題もわかっている人材が社内にいてこそ、外部へのシステム発注も丸投げではなくなり、コスト低減が図られる。

 2022年版中小企業白書は、デジタル化の課題として、従業員がITツール、システムを使いこなせないとする中小企業が3割以上を占めていると指摘し、まず組織全体のITリテラシーを人材教育により底上げしていくべきとしている。

 更に同白書ではITコーディネータ協会による中小企業のデジタル化のステップを紹介している(図11)。身の丈にあったIT投資による成功、すなわちsmall start, quick winがキーポイントの一つとしていることを銘記すべきであろう。

図11:中小企業におけるデジタル化のステップ

出典:2022年版中小企業白書 第2部 第3章 第2節 中小企業におけるデジタル化とデータ利活用(第2-3-46図)

(4)内部人材の活用を検討した次に、外部人材の活用を考える必要が出てくる。
 燕地域での取り組みとして、株式会社つばめいとでは関東経済産業局の協力で「副業人材活用事業」を2022年度中進めているところである。現時点では㈱パソナが仲介に入って、全国の副業人材と燕の企業7社とのマッチングを進めているが、2023年度以降は自走事業としての運営が計画されている。これには地域金融機関である第四北越銀行と協栄信用組合が伴走者として参画しており、経営課題への取組みに対し支援が行われている。2022年度は、人事制度や商品開発及び情報発信が主たる経営課題となっているが、2023年度以降は「デジタル人材」の課題についても対象とすることを検討している。
 また、ニューメディア開発協会やITコーディネータ協会など既存のIT団体との連携により、企業OBの活用を図る取り組みが検討できるであろう。
製造現場の知識とデジタル知識を兼ね備えたシニア人材が活躍できる場を見つけ、デジタル化、DX化の推進を図ることが重要である。

(5)更に、地域経済社会の活性化という観点からも、地元の大学、高専など教育機関との連携が重要である。その際、個別の教員といった個人的レベルの連携ではなく、組織ベースで協力すべく連携協定の締結などで継続的交流を行っていくことが効果的である。
 この連携を進めるには、研究テーマの提案や現場演習の機会提供などの具体的提案を行うことが必要であろう。

 燕市では、すでに2013年1月に市当局と長岡技術科学大学の間で協力協定が結ばれており、これをもとに同大学と企業集積との連携が進んでいる。
 具体的な連携として、まずは製造現場での学生のインターンシップを進めることが効果的である。企業にとってはデジタル化などの分野でのフレッシュなアイデアを得ることが出来、学生にとっては就職先の選択範囲が広がるというwin-winの関係が生まれることが期待される。
 米国では、1997年にMITが学生を製造現場に派遣するCDIO(Conceive Design Implement and Operation)教育訓練を開始し、成果を挙げている(図12)。この取り組みには我が国からも120の大学、高専が参加している (脚注5)。

図12:CDIOイニシアチィブ

出所:東京大学名誉教授 大場善次郎「情報システム技術の動向」、技術動向講和講演資料、2021年5月30日

 インターンシップの成果をあげるためには、実施に当たって、まず企業側で適切な課題設定を行うことが成功への鍵となろう。
 更に、インターンシップ期間の設定が重要であり、短期間ではなく、企業の中の一つのプロジェクトへ参加させることが可能な程度の期間を設定することが効果的である。
長岡技術科学大学では1976年の開学以来、ほぼ全学生が4年生の時に5か月間のインターンシップを経験することになっている。

 この他、燕企業の従業員のリカレント教育として、大学、高専での短期間の夜間講座、あるいはこれら機関の教員が現地に出かける出張講座が重要である。

 デジタル技術の分野ではないが、㈱つばめいとでは、2022年11月から燕市内企業の若手社員向けに「TEC Tsubame educational center(脚注6)」というリスキリング講座を開設している。
 2022年度は「リーダーシップ養成」、「デザイン」、「コピーライティング」の3講座を開設しており、講師はこれまでインターンシップ受入れで交流のある大学教授・講師に依頼し、10名程度のゼミ形式で行うことにより、市内若手社員同士の交流を図ることも目的としている。

(脚注5)学生の教育・演習のPBL(Project Based Learning)の一環として、製造現場にて実際の製造工程へ参画し、課題を感じ取り、工学的な解決方法で最適なものを創造し、実際に試作する。この場合に3Dプリンターを利用し、出来上がったものを実運用してみて、さらに改善すべきことがあるかを自ら考える人材育成方法である 。
(脚注6)TEC Tsubame educational center:(URL)https://tec-tsubamate.studio.site/

(6)地域の活性化のためには、ヒトを集め、ヒトとヒトとの交流の輪を作ることが重要である。地域のブランディングにも役立つことになるが、企業集積の特徴となる製品、技術をテーマにしてのイベントを定期的に開催して日本、あるいは世界からヒトを集めることが重要であろう。
 燕市ではIoT推進ラボの活動としてデジタル技術と製造現場をテーマにした学生コンテストを毎年開催することにより、燕の金属加工技術とデジタル化、DX化の融合というコンセプトを国内、世界に発信してヒトと情報を燕に集める努力をしてはどうだろうか。

5. デジタル化を超えた「DX化」の方向 ~ 中小企業の地域集積 ~

(1)燕地域は、SFTCという地域としてのプラットフォームを作り、これを発展させようという点で先進性を有している。この背景には、現状に甘んじることなく、適切な危機意識をもって、デジタル化、DX化を進化させることで厳しい経済環境に対応していこうという考え方がある。
しかし現状では燕地域にとってはデジタル化が緒に就いたところで、DX化は将来的な検討課題であることから、世の中が陥りがちなDX化ありきの議論ではなく、まず現場の実態を正確に把握し記録すること(可視化)から、地に足の着いたデジタル化を進めていくべきであろう。

(2)以下では、燕という具体的な地域を離れ、中小企業の地域集積という一般的なモデルにとって、理想的なDX化(デジタル化によってビジネスモデルの変革を追求するということ)への進み方とは何かを考えてみたい。

① まずデジタル化の議論の前に、企業集積として今後どう生きていくのか、集積のメリットを活かすのか、を議論し、集積としての方向性を決め、共通認識を得ることが大前提になる。その際、集積としてまとまる上でデジタル化が中心的な手段となる。

② 企業集積としてデジタル化を進めようとのコンセンサスが出来たならば、各企業が目指す事業や市場拡大のために、共通データ基盤の構築を検討する。その基盤の上で各社の独自の価値や事業(自社の強み)を展開し、各社が早く、コストをかけずに事業展開できる将来像を考えることが必要になる。

 そのためには、
(i)自社のデータを共通基盤において利活用することにより自社にとってどのような新しい付加価値が創出されるのか
(ii)顧客企業にどのようなベネフィットがもたらされるのか
(iii)中小企業地域集積の成長基盤としてどのような競争上の強みにつながるのか
といった目的を経営者が明確に理解しなくてはいけない。そしてその目的を全社方針として示し、自ら主導することが経営者の重要な役割となる。

③ 燕のSFTCのような共通基盤となるプラットフォームの上で企業集積としてデジタル化を進めるには、構成企業間でデータを相互流通する上での範囲、方法(オープンとクローズの取り扱い)を検討してコンセンサスを形成することがカギになる。
 また、データ提供に伴う経営上のリスクを避けるための取り決めや対策を講じる必要がある。具体的には、経済産業省「データ利活用のポイント集~データ利活用の共創が生み出す新しい価値~」(図13)にも述べられているが、
(i)企業秘密の漏洩や第三者への提供の制限など情報漏洩リスクを回避するため、データの利活用範囲・公開範囲やデータ管理方法の義務付け等に関するデータ利用規約を明文化しあらかじめ取り決めること
(ii)プラットフォームでの十分なセキュリティ対策やデータの類型に応じた適切なアクセス権制御を講じること
(iii)提供データに個人情報が含まれないことの保証などの対策を講じること
が必要となる。

図13:データ利活用プラットフォーム展開に向けた要諦

出典および参考文献:経済産業省「データ利活用のポイント集~データ利活用の共創が生み出す新しい価値~」
www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/datapoint.pdf

 各社が持つデータの相互流通を進めるには、一義的に「相互の信頼感」が必要であるが、デジタル化が持つ有効性が理解されることになれば、そのハードルが下がることも可能となろう。

 ちなみにSFTCにおいては、今後受発注システムが一定程度稼働して、その有用性について関係者の認識が形成されたところで次のレベルでのデータ交換を検討することとしている。
    
④ 企業集積としてのデジタル化・システム化が出来れば、あたかも一つの仮想的な工場・企業が出現したことになるが、この仮想工場は技術、ロット数、品質、デザインなどユーザーの多様なニーズに柔軟に対応しうるユニークな存在となろう。

 個別企業から集積へと変化すれば、ビジネスモデルの変革、DX化に到達したと言えるのではないだろうか。
 この仮想工場・企業をいかに作り上げ、どこに新しい商機を見出していくかは、正に経営者達のアニマルスピリットの問題であり、予め想像することは難しいが、一般論として、事例も含めて以下のような姿も考えられるであろう。

ⅰ) 各企業の強みを持ち寄り、企業集団として外部からの注文に対応する。
この場合、外部からの注文に対して窓口となり、技術をどう分担するかの検討、作業分割の調整を行う何らかの組織、ヒトが必要になる。
 東京大田区の伝統的企業集積では、地域内の町工場と連携して、大企業研究所からの相談を受けて開発試作を行うサンケイエンジニアリング株式会社(脚注7)が既に活躍しているところである。
 さらに東京に本社をおくキャディ株式会社(脚注8)では金属加工品の自動見積システムを備えた受発注プラットフォームにより、発注企業と加工企業の間の受発注のマッチングを行っている。

ⅱ)国際的なブランディングを積極的に行う。
 これは上記の窓口となる組織や地域を代表する組織の重要な仕事の一つになる。
国内の発注に対応するのみならず、技術力を国際市場で売っていくことがこれから生き残る一つの方策になるであろう。
 海外向けのアウトリーチは、英語のサイト立ち上げにより、台湾などのアジアのみならず欧米の新興企業なども広く狙うべきであろう。

ⅲ)メンバー企業の稼働状況に応じ仕事の割り振りを行い、受注の平準化を図る仕組みを作る。
 愛知県の株式会社ウチダ製作所では、地元や全国の複数の金型メーカーとデジタル技術を使って連携して企業連合を作り、金型ユーザーに対して最適の金型メーカーの選定、金型の設計、品質保証・メンテナンスサービスを企業連合として一体的に提供している。この中で仕事量を最適に割り当てる仕組みが構築されている。

ⅳ)データを蓄積、分析することにより、顧客に対する提案型営業を行う。

ⅴ)以上から得られた知見・ノウハウ(集積としての活動、技術分担のやり方、プラットフォームのシステムなど)を使い、他の企業や地域集積へのコンサルティング事業、システム・ノウハウの販売を行う。
 京都府の株式会社ヒルトップは、自動車部品を量産する町工場だったが、機械加工の職人の技を長年にわたって数値化し、CAD/CAMでの一貫生産とデジタル活用で24時間無人稼働を実現した。それにより、量産工場から部品を素早く生産する試作部品メーカーへと業態をシフトしている。 また、同社では、AIを用いた加工プログラム自動作成システムを開発し、クラウド上でエンジニアリング・サービスを展開している。

 神奈川県の株式会社ログビルドでは、住宅建設で設計図など紙媒体のデジタル化、注文相談から完成までのシステム化などを実現し、その経験を踏まえ他社へのコンサルティングを事業に加えている。

 また、フォーラムの議論では、実際の経験談として、自社でのデジタル化の取り組みから工夫を重ね、最終的に独自開発した設備の稼働監視用タブレットを外販するまでに至った事例も報告された。

(脚注7)サンケイエンジニアリング株式会社:(URL)http://www.sankei-eng.com/
(脚注8)キャディ株式会社:(URL)https://caddi-inc.com/

6. 今後のアクションプラン ~ 中小企業地域集積のDX化 ~

 ここでは燕地域とその他地域に共通する形で最終の目標となるDX化(ビジネスモデルの変革)に向けたアクションプランを論じたい。

(1)個別企業の対応
 個別企業のレベルで、デジタル技術を活用していく。
その際、やみくもにデジタル技術を導入するのではなく、まず業務フローの作成などにより、業務の中でのネックとなる(なりうる)部分を見える化し、そこからデジタル化に取り組むべきである。大企業向けのIoTツールは高価で、中小企業にとっては導入が困難である。現場のニーズを踏まえて自から身の丈に合ったセルフメイドのIoTツールを構築すべきである。
 個別企業においてデジタル化への理解を得るためには、企業後継者をターゲットに、その世代への教育から入ることが一つのやり方となるだろう。デジタル化、DX化という大きな意識革命は、若者を中心とした熱量の多い人たちを核として進めるときにこそ大きな推進力を得ると考えられるからである。

(2)社内人材の育成
 デジタル化に当たっては、人材が必要となるが、まず社内での人材育成から目指すべきである。
その勉強、研修に当たっては、地元自治体の協力のもと、大学、高専などの関係機関との連携を強化して対応するべきである。

(3)中小企業地域集積としての議論
 中小企業地域集積として今後の市場環境(国内、国際)や労働環境、製造技術変革、デジタル化、DX化にどう対応していくべきか議論を行う。
 地域企業の集団がデジタル技術によってあたかも一つの仮想工場となり、ユーザーの多様なニーズに柔軟に対応するというビジネスアイデアについてその具体的内容を検討する。

 地元自治体など地域集積のステークホルダーは、伝統的な企業集積が今後どうなっていくかに思いをいたし、上記の議論を積極的に支援しなければいけないだろう。ひとたび方針を誤れば地域経済活動の消滅もありうるかも知れないというのが、現在のグローバル化した経済活動の現実である。

(4)中小企業地域集積としてのコンセンサス形成
 デジタル化、DX化により競争力をつけることについて、中小企業地域集積としてのコンセンサスを形成する。なお、会社の垣根を越えてデータが動くことを考えれば、集積内で相互流通させるデータとクローズするデータをどうするか、その範囲と方法について方針を決めておく。

(5)DX化推進体制の確立
 中小企業地域集積としてのDX化に取り組むための推進体制(組織、ヒト、資金)を確立する。この推進体制があってこそ、進歩の著しいデジタル分野で最先端の対応が可能となり、地域に情報が行き交い、ヒトが集まる。将来を背負う若者にとっては研鑽の場となり、 地域の活気は絶えることがない。

7. 終わりに

 現地で開催したフォーラムに講師として参加し、工場見学をされた藤本隆宏 早稲田大学教授は、燕の現状をみて、付加価値の流れ、良い設計情報の流れ、商売の流れがうまく管理されており、立派な企業が多いと評価されていた。

 我が国が誇るもの作り・製造業であるが、果たしてこれから少子高齢化や激変する国際環境の中でどう変容していくのであろうか。

 当フォーラムとしては燕の中小企業地域集積が現在の地点からデジタル化、DX化により、更なる高みを目指して羽ばたくことを期待したい。
 なぜなら燕の羽ばたきは、燕のみならず日本の各産地が抱える課題にとっての解決策の一つとなるからである。

以上

参考文献一覧

・株式会社荒澤製作所 ホームページ:「燕市産業の起源と変革」、http://alfact.co.jp/tsubame/tsubame-2.htm#f、2022年10月アクセス
・経済産業省:「AI導入ガイドブック 外見検査」、2021年3月発行
・経済産業省 知的財産政策室:「データ利活用のポイント集―データ利活用の共創が生み出す新しい価値―」、2020年6月3日発行
・経済産業省 デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会:「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」、2018年9月7日
・燕市:「燕市の工業-2020年工業統計調査から」、2021年
・燕市:「燕市IoT推進ラボ 燕市IoT推進ラボの取組み紹介」
・松林光男監修、川上正伸、新堀克美、竹内芳久編著:「イラスト図解 スマート工場のしくみ-IoT、AI、RPAで変わるモノづくり」、日本実業出版社
・若宮健嗣:「デジタル人材の育成・確保に向けて」、第3回デジタル田園都市国家構想実現会議、資料7、令和4年2月4日
・広川敬祐、砂川舞子編著:「DXを探せ!」、中央経済社 2022年6月1日発行
・西村泰洋著:「図解まるわかり DXのしくみ」、翔泳社 2022年4月15日発行
・高橋信宏、清原雅彦、折本綾子著:「改革・改善のための戦略デザイン 製造業DX」、株式会社秀和システム 2021年12月1日発行
・2022年版中小企業白書 2022年4月26日

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