1.機会システム研究会の開催趣旨
現在、AIなどの導入、流通・サービス等の機械化・ロボット化、産業のデジタルトランスフォーメーションなどの技術革新やカーボンニュートラルへの取組などが進みつつあり、我が国の技術及び経済社会は大きな変革期を迎えています。
本研究会では、最新の機械システムの技術トレンドやデジタル活用の動向、注目すべき内外の動きなどについて共有し、意見交換を行うことを目的として、有識者の参画のもとにテーマごとに各分野の専門家を招いて講演いただいた後に議論を行います。
第3回開催日時
開催日時︓ 2025年1月23日(木)
主催:一般財団法人 機械システム振興協会
場所:日本自動車会館 くるまプラザ会議室
講師:東京大学 先端科学技術研究センター・特任講師 本山 央人 氏


2.講演サマリー
©2025 Hiroto Motoyama
(本コンテンツの著作権は、本山 央人 氏に帰属いたします。)
精密光学素子を用いた軟X線/EUV光学技術とその応用
精密加工・計測技術の進歩により、軟X線/EUV領域の光を集光可能な高精度な回転楕円集光ミラーの製作が可能となりました。現在、この集光ミラーは、多くの軟X線/EUV発生施設において利用されており、サブミクロン集光ビームの形成と集光ビーム利用技術の開発に活用されています。次世代鉄系材料や太陽電池材料の顕微組成分析や、スピントロニクスデバイス材料の顕微特性分析、細胞イメージングやEUVレーザー加工など、多岐にわたる産業分野の発展に貢献する基礎技術として位置づけられています。
研究会では、ミラー製造の基礎となる加工・計測技術から、実際の軟X線/EUV発生施設への導入事例を紹介し、集光ビームを利用した軟X線顕微鏡開発をはじめとした様々な応用事例について議論しました。
3.軟X線ミラーの製造
トピック1:回転楕円ミラー
あらゆる光利用技術において、その性能を最大限に発揮するためには集光素子が必要不可欠です。軟X線も例外ではなく、微小集光した光を用いることで初めて、軟X線利用分析技術において高い空間分解能・検出感度が実現されます。数ある軟X線集光素子の中でも高性能なものとして、回転楕円ミラーが知られています(図1)。楕円プロファイルを長軸周りに一回転させた際の包絡面を反射面とする集光素子であり、大開口・高NAという特徴を備えています。回転楕円ミラーは軟X線をサブミクロンスケールまで集光可能であり、その実現が長年待ち望まれていました。
図1.回転楕円軟X線集光ミラー

光源から出射した軟X線は内面で反射し、焦点に集まる。
トピック2:軟X線ミラーに求められる形状精度
回転楕円ミラーの普及を妨げていたのは、その作製難易度の高さです。集光対象である軟X線の波長は数nmであるため、その波面を乱すことなく集光するためには、ミラー表面にナノメートルレベルの形状精度が求められます。さらに、円筒構造の内面が反射面であることも、作製の難易度を上げている一因です。この課題を解決し、ナノメートルレベルの形状精度を達成するために、東京大学の三村氏により電鋳法を用いた製造プロセスが提案されました。波動光学シミュレーションによる必要形状精度の理論的な検討(図2)から始まり、合成石英の非球面形状創成技術、ナノ精度転写技術の開発を経て、プロセス全体が実用化されることとなりました。この技術により極めて高い精度でのミラー製造が可能となり、実際の軟X線集光に用いることが可能であることが実証されています(図3)。
図2.波動光学シミュレーション

ミラーの精度と集光特性の関係を計算
図3.実際に製造された回転楕円ミラー

4. 集光ミラーの導入事例
製造当初、回転楕円ミラーの実際の集光性能は未知数でしたが、複数の軟X線光源施設での集光性能試験を経て、十分な集光性能を有していることが実証されました。回転楕円ミラーによる軟X線集光の実証後、これまでに、多くの軟X線光源施設に回転楕円ミラーを導入してきました。1つは、ラボベース光源の一つである高次高調波軟X線光源施設です。高次高調波とは、高強度なフェムト秒レーザーを希ガス媒質に集光照射した際に生じる高次の非線形現象の結果として発生する光のことであり、その波長帯域は軟X線領域に及びます(図4)。このような原理で発生する軟X線光源施設に回転楕円ミラーを導入して得られた集光ビームプロファイルの計測結果を図5に示します。グラフから分かるとおり、軟X線を半値幅350 nmのサブミクロンサイズに集光可能であることを実証しました。
その他、X線自由電子レーザー施設SACLA(兵庫県佐用郡)の軟X線ビームラインにおいても回転楕円ミラーを導入し、やはりサブミクロンスケールの集光を実証しています(図6)。SACLAでは、同様の技術を用いた集光装置が現在同施設の共用集光装置として整備・開発が続けられています。今後、軟X線集光ビームの利用拡大が期待されています。
図4.高次高調波発生の模式図


図5.高次高調波の典型的な集光プロファイル

ナノ集光を実現!
図6.難X線自由電子レーザー施設に導入したミラーと典型的な集光プロファイル

5.【集光ミラーの応用事例1】レーザー加工
軟X線集光ビームは、これまで様々な応用実験に利用されてきました。軟X線分光顕微鏡、磁気光学カー効果顕微鏡、軟X線レーザー加工、軟X線非線形光学観測など、その応用先も多岐にわたります。ここでは、2つの例を紹介します。
1つ目の応用事例は、高次高調波軟X線レーザーを用いたレーザー加工です。一般に、高次高調波は近赤外レーザーからの変換効率が極めて低いために、そのパルスエネルギーも低く、レーザー加工用光源として用いられることはありませんでした。しかしながら、パルスの時間構造がアト秒パルス列であるという点において、従来使用されてきたフェムト秒レーザーとは異なる加工特性が得られるのではないかと期待されていました。集光ミラーを用いることで、パルスエネルギーが低いという欠点を補い、100 mJ/cm2程度まで集光強度を向上させることができ、集光ビームを使って、アクリル材料、金属材料、半導体材料への高次高調波軟X線レーザー加工を実証してきました。図7は、半導体材料の一種であるGaAsに集光ビームを照射して得られた加工痕の断面グラフです。サブミクロンサイズに集光したビームを照射しているため、直径1 μm以下の微小な加工スポットが形成されています。10,000shotで約650 nmの深さに達していました。加工痕のエッジ部に注目すると、熱ダレやバリがほとんど見られない、高品質な加工がなされていることが分かります。これは、総投入熱エネルギーが小さいことに起因して得られた効果であると考えています。
図7.高次高調波を半導体材料に集光照射して得られた加工痕

6. 【集光ミラーの応用事例2】非線形光学
もう一つの応用事例は、X線自由電子レーザー施設SACLAの軟X線ビームラインで実施した、固体試料の軟X線可飽和吸収観測です。SACLAで発振される軟X線レーザーパルスのパルス幅はフェムト秒です。また、パルスエネルギーもμJレベルと高いため、固体試料に入射した際、照射箇所のほとんどの電子が励起されます。パルスの前半部分のフォトンでほとんどの電子が励起された結果、パルス後半部分のフォトンは吸収されにくくなり、全体として光透過率が上昇するという非線形光学現象です。可視光領域ではよく知られた現象ですが、軟X線、X線領域では、極めて高密度なフォトンが必要になることから、観測例はわずかでした。我々は、図8に示すような実験セットアップを構成し、集光点にSi3N4の薄膜を設置することでその観測に取り組みました。入射光強度を変化させながら計測した光透過率グラフ(図8下部)を見ると、集光強度1015W/cm2を境に、透過率が急上昇している様子が分かります。この値を境に、可飽和吸収現象が起きたことを示しています。
このように、集光ミラーにより形成した軟X線集光ビームは、レーザー加工のような工学的な研究から非線形光学のような理学的な研究まで、幅広い領域において使用されています。
図8.軟X線自由電子レーザーの集光照射により観測された可飽和吸収現象

7.まとめ
本講演では、軟X線用の集光ミラー開発、導入事例、応用実験と、集光ビーム形成にまつわる一連のトピックを紹介させていただきました。講演後には、最先端の光源技術に関する話題やミラー製造技術の世界的な動向、そのほかX線を利用した周辺技術など、聴衆の皆様から多くの質問をいただき、X線関連技術の注目度の高さを改めて実感しました。また、議論を通じて、貴重な話を伺うこともでき、私自身にとっても大変有意義な講演となりました。
光源性能は日々進歩しており、その性能を最大限に引き出すために、光学素子製造技術も日夜、研究開発が続けられています。その一端を聴衆の皆様にご紹介させていただいた今回の機会が、何らかの形で皆様の研究開発の一助になれば幸いです。
講師紹介

本山央人 (Hiroto Motoyama, Ph. D)
東京大学先端科学技術研究センター・特任講師
超精密製造科学 分野
寄付研究部門 先端光学素子製造学
講師プロフィール
【研究分野】
超精密加工・計測、X線光学、フェムト秒レーザー、EUVレーザー加工、高速X線イメージング、アト秒レーザー
【略歴】
2013年3月 東京大学 工学部精密工学科 卒業
2015年3月 東京大学 工学系研究科精密工学専攻 修士課程 修了
2018年3月 東京大学 工学系研究科精密工学専攻 博士課程 修了, 博士(工学)
2015年4月 – 2018年3月 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
2018年4月 – 2020年1月 東京大学 理学系研究科 超高速強光子場科学研究センター 特任助教
2020年1月 – 2023年3月 東京大学 理学系研究科 化学専攻 助教
2023年4月 – 現在 東京大学 先端科学技術研究センター 特任講師